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「優しくして甘やかす」
耳元で囁きながら香奈江は弛緩した体を俺に預けた。
香奈江の未来の為にこうするべきでは無いと分かっている。
「毎日美味いもん食って笑って。 だから香奈江」
だけど離したくなかった。
連れて行くな、行ってしまうなと心の底から懇願する。
「す、き、」
「香奈江」
その言葉に目を見開いた。
分かってるのか、そう言う前に香奈江が涙声で訴えてくる。
「ごめんね。でも私、やっぱり耐えられそうにない」
やはり自覚はあったのだろう。
本来ならば、ここに居る筈の無い彼女の体。
固く目を閉じた後、それでも香奈江を掻き抱く。
「雅、好き」
肩口や腕にきつく押し付けられた香奈江の声はくぐもっていた。
「それにどうしても、どうしても私は」
対して喉の奥から絞り出した俺の声は酷く間抜けに聞こえた。
「香奈江……馬鹿」
「うん、分かってる」
「……私、ちゃんと笑えてるかな?」
俺から体を離した香奈江はもう涙を止めていた。
「最後に雅に不細工な泣き顔を……のこしたく、ないから……」
「──────好きだよ」
その言葉が、届いたのかどうなのか。
腕の中の俺の宝物が泡沫のように消え、その手にぽたりと雫が落ちた。
微かな期待に周りを見渡し、がっくりと肩を落とし空を見上げた。
暗い闇に殴り描いたような灰色の雲。
それから速度と量を増やした雨が一晩中降り続いた。
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