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日常
どうも俺は仕事で外回りの最中にコケて階段から転げ落ちて頭を打ったらしい。香奈江は心配げに、だがほんの少しだけ呆れた顔をしつつ俺に説明した。
「覚えてねえな…」
「病院から会社に連絡あった時は生きた心地しなかったんだからね!」
そして数日間の入院の後、退院した俺と香奈江は同じマンションへ帰った。
退院の直前に、記憶が一部分抜けているかも知れない、そんな事を医者に相談してみた。
目が覚めた後の、あの変な奴らの事が気に掛かっていたからだ。
「芳賀雅さん、あなたはこの名前も勤務先も何も忘れていないようです。勿論、そちらのあなたの恋人のことも。診察やテストの結果も良好です。細かい事はおいおいと思い出すでしょう。それでもどうしても気になる様なら、専門の機関を紹介しますよ」
一緒に話を聞いている香奈江をちらりと見やると不安そうな表情で、膝の上の手にこぶしを作りギュッと握っている。
「………いえ、結構です。大丈夫だと思います」
そう言って彼女を安心させるためにその手を自分の手のひらで包んだ。
毎日会社に行き働いてメシを食い夜は香奈江を抱き締めて眠る。
俺はごくごく普通の、だけど幸せな日々を過ごしていた。
ただ夜中に時々目覚める事がある。
一度しか会っていない筈の、あの病室での彼らを俺は確かに知っていると何故か確信に近い思いがあった。
『お前は任務中だ』
『終えたらさっさと戻って来い』
そしてこの言葉を反芻するとどうしようも無く頭が痛み出す。
「………雅、また頭痛?」
明かりを消したマンションの寝室で、隣で寝ていた香奈江が眠そうな目を擦りながら身を起こして起き出そうとしていた。
「悪い。大丈夫だ……何でもない」
そんな彼女を引き寄せ胸と肩の間に収める。
香奈江は猫のように嬉しげにこちらの胸に頬を寄せてきた。
「ねえ、もうじき私たちが出会って一年だよ」
「早いもんだな」
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