日常

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「あの時、雅が私を助けてくれなかったら私、ここに居なかったと思う」 「いくら落ち込んでどうしようもなかったからって、あんなフラフラして歩いてるからだ。不可抗力で当てられる車運転してる奴の身にもなってみろ」 一年前の彼女の誕生日、車道にはみ出るように公道を覚束無い足取りで歩いていた香奈江。 家族に恵まれず田舎から出て来たばかりだったらしい。 職場の人間関係に悩まされ、そこへ来て当時付き合いたての彼氏の浮気という度重なる精神的なダメージの余り、自分は死ぬつもりだったと言っていた。 「だってあの時はもう、そうなっていいって思ってたもん………」 そんな彼女の消え入りそうな背中を俺は出社途中に偶然見付け、咄嗟に歩道から飛び出して救い出した。 地面に座り込み人目もはばからず泣きじゃくる香奈江をどうしても放っておけなくて。 それからそこのカフェで話を聞くからと、仕事帰りにまた会おうと、週末に気分転換しに出掛けないかと、そんな小さな約束を重ね、そして俺たちは自然に付き合い始めた。 「今もか?」 「ううん……だけどそういえば私、後悔、じゃないけど、あの時思ったのね。死ぬ前にホントに好きな人と誕生日を過ごしてみたかったなって」 死ぬ前の願いがそんなにささやかでいいのか、そう言ってからかうと香奈江はぎゅっと体を寄せて俺の首元に腕を回した。 「もう少しで、願いが叶う」 「いいけど、誕生日プレゼントもちゃんと考えとけよ」 「………雅、私は雅の事が」 そして続きを言おうとする香奈江の唇を自分の口で塞いだ。 「…………」 「そういうセリフは嫌いだと言ってるだろ」 憮然と俺を見詰める、だがその顔は暗い中でも影の色が濃くなる程にすぐに赤くなる。 こうやって一緒に暮らしていても。 そんな香奈江が愛おしいと思う。 「もう、相変わらず照れ屋なんだから。 それでも、言葉は大事なんだよ。伝えられる事って幸せなんだよ」 「態度で示す以上に重要な事があるのか?」 「──────」 そうやって上体を起こした俺は香奈江の柔らかな体の脇に手をついた。 頭痛とあの時の奴らの事を無理矢理脇に避けながら。
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