友人のピアニストが用意してくれたアンコール

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 これは、かつてウイスキーのCMで使われていたというキャッチコピーだ。  僕はこの言葉が大好きで、高校生の頃の一時期、口癖のようにこのフレーズを連発していた。  今、あらためてこの言葉を口にしてみて、ああなるほどと思った。  二つの音より三つの音、三つの音より四つの音。  使える音が積み重なることで、世界は確実に広がっていく。  僕は脈絡なく転職をくり返す自分がいやだったけど、それでも僕の人生には確実に何かが積み重なっているってことか。  一番好きな言葉だと言っておきながら、その言葉を本当に理解していたのはあいつの方だったのかもしれない。 「この曲の意味、わかったよ。お前ってすごいね。本当にありがとう。でもさ、この曲集って……」 「おっとストップ。考えそうなことはわかってるぞ。リゲティを弾くのはこれが最後。十一回転職しようなんて考えるなよ」  あっさりと見抜かれてしまった。  ひとりで使うには広すぎる楽屋に、ふたりの笑い声が響いた。
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