友人のピアニストが用意してくれたアンコール

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 コンサートホールは、鳴り止まない拍手で満たされている。  アンコールを求める聴衆の熱気に背中を押されるようにして、クラシック界が注目する若手ピアニストが小走りに姿を現した。  僕はいよいよだ、とイスに座りなおす。  数日前に彼と会ったとき、確かにこう言っていた。 「今度のコンサート、アンコールの一曲目の演奏を、就職祝いとしてお前にプレゼントするよ」  今月、僕は三年間勤めた会社を辞めて、電子部品を生産している小さな会社に転職した。  今度の会社が四つ目の職場になる。  今までの会社の職種は見事に全部バラバラ、なんの一貫性もない。  常に新しい境地を求めていると言えば聞こえはいいけど、この放浪癖は我ながら嫌になる。  田舎の母は、僕が電話で転職の報告をする度にブツブツ文句を言っていたけど、とうとう諦めたのか、今回は「ああそう」と言っただけだった。
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