友人のピアニストが用意してくれたアンコール

2/4
前へ
/4ページ
次へ
 ステージに出てきた彼は、大きな右手をぱっと広げてみせた。  マイクを通さない生声で「あと五分だけ」と語りかけると、客席がどっと湧いた。  彼と僕とは、どこでこんなに違ってしまったんだろう?  あいつとは中学・高校と一緒だったけど、あの頃からピアノがめちゃくちゃ上手かった。  満員の観客の前で堂々とステージに立っている姿は、あの当時から容易に想定できた。  でも僕にだって、何者にでもなれる可能性と未来があったはずなのに。  まるで鮮魚がピチッと跳ねるように、アンコールの小気味よい曲が始まった。  絶えずピコピコと刻まれるリズムは、昔のゲーム音楽のようにも思えてくる。  今日のコンサートのメインに、ヒンデミットなんていう変わった作曲家を持ってくるぐらいだから、アンコールの曲も、僕には想像がつかない作曲家に違いない。  どういうつもりで僕にこの曲をプレゼントしようと思ったのかはわからないけど、純粋に面白い曲で気に入った。  曲はあっという間に終わり、またアンコールをねだる大きな拍手が沸き起こった。  彼がこの熱狂から開放されるには、あと五分じゃ短すぎるかもしれない。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加