糖質取締官

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糖質取締官

---------------------------------------------------------------------- ※ 小説中に出てくる糖質制限を実施する場合の注意事項 糖質を制限すると即時的に血糖値の上昇が従来よりも低くなります。 既に治療中の糖尿病患者さんで、経口血糖降下剤(オイグルコン、アマリールなど)やインスリン注射をしている場合は、低血糖が発生する可能性があります。 必ず主治医と相談してください。 薬を使用してない方やメタボの人は、低血糖の心配はほとんどありません。 ---------------------------------------------------------------------- それでは、本編をお楽しみください。  コの字型のカウンターの一番奥に座っている男は、牛丼の特盛をかっこんでいた。  男は三十代の前半のように見える。Tシャツの腹の部分がパッツンパッツンに膨らんでいる。まるで布袋様だ。店内は冷房が効いているのだが、男は何度もハンカチで首筋や髪が薄くなり始めた頭頂部、額に浮かび上がる汗を拭いている。  汀沖實(みぎわおきさね)と、ペアを組んでいる秋炭水香(あきずみみか)の二人は牛肉を食いつくした男が紅生姜を残った飯の上に乗っけて紅生姜丼にしてかっこむ様をじっと見つめていた。  汀は、男のBMIを肥満三度だろうと見積もった。  BMIはボディマス指数と呼ばれる肥満度を表す体格指数のことだ。計算式はいたってシンプルなもので体重kg ÷ (身長m)の二乗で算出される。計算方法は万国共通だが、計算結果の判定基準は国ごとに異なる。日本では日本肥満学会が基準を定めており、十八.五未満が痩せ型、二十五以上が肥満だ。肥満はさらに四段階に区分されている。肥満四度が超デブということになる。  男が丼を空にして、会計を済ませるのを見て、汀と水香も席を立った。汀の牛丼は箸がつけられないままだったが、水香の牛丼は綺麗に食べつくされていた。  肥満のため、足をまっすぐに振り出せず、ガニ股気味に左右にからだをゆらしながら歩く男は、牛丼店の隣のコンビニに入った。店の外から様子を窺うと、スイーツと清涼飲料を購入し、イートインスペースで食後のデザートに舌鼓をうちはじめた。 「あいつ、まだ食うのか」  汀が唖然としながらぼやいた。 「牛丼屋に入る前に立ち食い蕎麦で、もり蕎麦の大盛りを食べてましたね」  水香も汀と同じように嘆息しながらぼやいた。 「最初にもり蕎麦を食べてから三十分が経過しています」 「あと一時間半だな」  水香の経過時間報告に汀が残り時間を確認した。時間の経過がいやにノロノロと感じられる。ショッピングモール内を目的もなくうろうろと歩き回る男の後をつけ、二人は時が来るのをイライラしながら待った。 「またコンビニに入ります!」  水香が汀に囁いた。どうやら男が口にものを入れずにいられるのは二時間もないということらしい。  汀は腕時計を見た。 「よし、ちょっと早いがおおむね二時間だ。計測に入ろう!」  汀と水香が肥満体の男を左右から取り囲んだ。 「松本尚紀(まつもとなおき)さんですね」  汀が、懐から身分証明書を取り出し、男の前で広げて見せた。 「はい?」  表情の乏しい顔で、汀に松本と呼ばれた男が、目の前の証明書の写真と、スーツ姿の汀の顔を見比べ、さらに水香へと視線をさまよわせた。 「厚生労働省、糖質取締官の汀と秋炭です。あなたの食後二時間の血糖値を測定させてもらいます」 「ト・・・トトリ?!」  松本が慌て気味に言葉を搾り出した。  厚労省、糖質取締官は俗に糖質Gメン、あるいは略してトトリと呼ばれている。
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