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「はは……小っさ」
隣りのマンションと向こうのビルの隙間から、大輪の花の一部だけが見える。
そういえば今日だったか。
近くの河原で毎年行われている花火大会を、有夏は一度も見に行ったことがない。
大抵は幾ヶ瀬が仕事だし、たまたま休日にかち合って彼が行きたいと誘ってきても、熱いのが苦手な有夏はのらりくらりと躱していたのだ。
──少しだけ見えるよ。一緒に見ようよ、有夏。
こうやってバルコニーからビルの隙間を覗いて、はしゃいでいた幾ヶ瀬の様子を思い出す。
──乙女かよ。
その時はゴロゴロしながらゲームをしていたっけ。
生返事をしたあげく悪態をついた記憶がある。
その時の幾ヶ瀬と同じ体勢で花火を見ていることに気付いて、有夏は苦笑した。
「なにが一緒に見ようよだよ。ヤツは有夏の彼女かっての」
そのまま花火が終わるまで1時間程あったろうか。
有夏はバルコニーを離れなかった。
最後にパーティとばかりに何発も同時に打ち上げて、夜空は華やかに染まる。
その色が静かに闇の中に落ちていっても、彼はしばらくそこを動かない。
黒い空に光を探すかのように、じっと佇んでいる。
やがて、暗かったビルの窓にひとつひとつ白い明かりが灯りはじめた。
よろよろと部屋に戻り、しかし窓を閉める気にはならない。
夏の夜には珍しく、心地良い風が入ってくる。
花火の残り香をそこに見付けて、有夏は窓辺に座りこんだ。
灯かりをつけて、夕食をとって、それからゲームの続きをしよう──そう思うのに、電気をつける気にもならない。
腹のあたりがスウッと冷えるのを感じる。
幾ヶ瀬は今頃何をしているのだろうか。
風が心地良い。
薄闇に包まれ、1人のベッドで有夏は目を閉じる。
静かに地面に引き込まれる感覚。
寝るならベッドに行かなきゃ。
それよりお腹がすいてきた……そんな思いもすぐに眠りの中へ消えてしまう。
幾ヶ瀬が帰ってくるのは明日だ。
顔を見たらこう言ってやろうか。
──有夏も幾ヶ瀬のことが好きだよ、と。
『カラフル』完
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