カラフル

7/8
前へ
/8ページ
次へ
「はは……小っさ」  隣りのマンションと向こうのビルの隙間から、大輪の花の一部だけが見える。  そういえば今日だったか。  近くの河原で毎年行われている花火大会を、有夏は一度も見に行ったことがない。  大抵は幾ヶ瀬が仕事だし、たまたま休日にかち合って彼が行きたいと誘ってきても、熱いのが苦手な有夏はのらりくらりと躱していたのだ。  ──少しだけ見えるよ。一緒に見ようよ、有夏。  こうやってバルコニーからビルの隙間を覗いて、はしゃいでいた幾ヶ瀬の様子を思い出す。  ──乙女かよ。  その時はゴロゴロしながらゲームをしていたっけ。  生返事をしたあげく悪態をついた記憶がある。  その時の幾ヶ瀬と同じ体勢で花火を見ていることに気付いて、有夏は苦笑した。 「なにが一緒に見ようよだよ。ヤツは有夏の彼女かっての」  そのまま花火が終わるまで1時間程あったろうか。  有夏はバルコニーを離れなかった。  最後にパーティとばかりに何発も同時に打ち上げて、夜空は華やかに染まる。  その色が静かに闇の中に落ちていっても、彼はしばらくそこを動かない。  黒い空に光を探すかのように、じっと佇んでいる。  やがて、暗かったビルの窓にひとつひとつ白い明かりが灯りはじめた。  よろよろと部屋に戻り、しかし窓を閉める気にはならない。  夏の夜には珍しく、心地良い風が入ってくる。  花火の残り香をそこに見付けて、有夏は窓辺に座りこんだ。  灯かりをつけて、夕食をとって、それからゲームの続きをしよう──そう思うのに、電気をつける気にもならない。  腹のあたりがスウッと冷えるのを感じる。  幾ヶ瀬は今頃何をしているのだろうか。  風が心地良い。  薄闇に包まれ、1人のベッドで有夏は目を閉じる。  静かに地面に引き込まれる感覚。  寝るならベッドに行かなきゃ。  それよりお腹がすいてきた……そんな思いもすぐに眠りの中へ消えてしまう。  幾ヶ瀬が帰ってくるのは明日だ。  顔を見たらこう言ってやろうか。  ──有夏も幾ヶ瀬のことが好きだよ、と。 『カラフル』完
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加