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リュシーの動きが一瞬止まる。
「こんなところで何してるんだ?」
間もなく聞こえて来た声に顔を上げると、霧の向こうに人影が見えた。
距離が近づくにつれ、相手がアンリよりも更に上背がある男だと分かる。
「……あんたこそ、こんなところで何をしているんです」
姿がはっきりすると、リュシーははぁ、と気が抜けたみたいに息をついた。
百九十を越える上背に、精悍な顔立ち。無造作に伸ばされた銀灰の髪は毛量が多く、左目の上を斜めに走る傷跡がより威圧的な雰囲気を醸している。
「ここはご主人の庭ですよ」
けれども、リュシーはそれにもまるで頓着することなく、溜息を重ねるだけだ。
元々顔見知りであるだけでなく、彼が見た目のわりに気さくな性質だと知っているからでもあった。
「あー……そうか。ここはアンリの……」
男は今更気付いたように呟きながら、頭の上に生えている耳を軽く撫でた。
その無骨な指が触れたのは、髪と同色の狼の耳。目と同様、左耳が少し欠けている。背後では、ふさふさとした尻尾がゆらりゆらりと揺れていた。
「――ロイ?」
リュシーは瞬き、僅かに目を細める。
探るように注視すると、ロイと呼ばれた男が、時折何かを堪えるように肩で息をしているのが分かった。
「あぁ……いや、群れでちょっとあって」
「群れで?」
「……あぁ、まぁ……」
歯切れの悪い物言いに、リュシーはいっそう訝しげにロイを見る。
するとロイはふっと口端を引き上げ、話を変えた。
「さがし物は霧霞の花か? 向こうにまとまって生えてるとこがあったぜ」
軽く髪を掻き上げながら、リュシーの手元を指差すロイの表情にさほどの違和感はない。
リュシーは示された小瓶に目を落とすと、
「近いですか?」
ひとまずその話に乗った。
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