987人が本棚に入れています
本棚に追加
/260ページ
* * *
ロイが教えてくれた場所は予想以上に近く、ジークの鈴の音もなんとか聞こえる範囲内だった。
ロイの様子はいまだ不安定に感じるところもあったものの、それでも会話はちゃんとできていたし、案内も的確だったので、リュシーもそれ以上深入りすることなく蜜の採集に取りかかった。
花の数は今まで見た中で一番多い。これだけあれば十分の量が確保できそうだ。
「……リュシー……」
しばらく作業に没頭していると、傍らの木に凭れかかるようにして立っていたロイが不意に名を呼んだ。
「なんですか?」
リュシーは手を止めることなく、振り返ることもなく平板に答えた。
そこにふっと影が落ちる。視界が陰って、ようやくリュシーは頭上を振り仰ぐ。
「ロ、――」
リュシーの手から瓶が抜かれる。「えっ」とそれを目で追ったリュシーの顎を、くっと長い指先が持ち上げた。
「っ、ん……!」
何をされているのかを把握する前に、唇が重ねられた。
「んんっ……、ぅ……!」
はっとしたリュシーはすぐに目を閉じた。目を閉じたまま、何とか身を離そうとしたけれど、両手をつっぱろうにもロイの身体はびくともしない。
それどころか、まるでお構いなしに顎を捕らえる指先に力を込められ、強引に歯列を割られてしまう。そこから滑り込んできた舌の感触に身を捩って逃げようとするも、阻むように大きく唇を被せられて、いっそう動きを制限された。
「ちょ、……んうっ」
角度を変える合間に無理やり言葉を紡ごうとするも、やっぱりうまくいかない。
(な、何なんだよ……っ)
リュシーはわけもわからないまま、心の中で悪態をついた。一方で、ロイのもう一方の手が持つ小瓶の無事を祈る。
あの瓶にはまだ蓋がされていない。もし落とされでもしたらさっきまでの苦労が水の泡だ。目で見て確認できないのがもどかしい。
「……ィ、ロイ……!」
渾身の力を込めてロイの胸を押し返すと、ようやく我に返ったように口づけから解放された。
「あ……ぁ、悪い」
「な、んなんですか、一体っ……」
リュシーは濡れて光る口元を拭いながら、恐る恐る目を開けた。
最初のコメントを投稿しよう!