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とくんと僅かに心臓が跳ねる。でもまだ大丈夫。ジークは自分に暗示をかけるように呟き、二人のやりとりに耳を傾ける。
「……別に僕には何も匂いませんが」
「お前どんだけ鈍いんだよ」
「……」
気のせいだろうか。一瞬閉口したラファエルの方から、カチーンという音が聞こえた気がした。
ジークは確かめるように双方の顔を交互に見遣った。けれども、相変わらずギルベルトはしたり顔だし、ラファエルの方は穏やかな笑顔のままだった。
(……? 気のせい?)
小さく首を傾げたジークの前で、ギルベルトは横柄に腕を組み、揶揄うように口を開く。
「……で、ラファエルはどこに行こうとしてたんだよ? まさかこの霧で迷ったとか言わねぇよな」
「僕はあなたのところに行こうとしてたんですよ。途中でカヤのところに寄って……」
「カヤのとこ? んなの空翔んでいきゃすぐだろ。なんで歩ってんだよ」
訝しむような眼差しを向けられ、ラファエルは僅かに視線を逸らした。
「……今日は、翼の調子がちょっと」
「翼?」
珍しく歯切れの悪い返答に、ギルベルトはぱちりと瞬き、今は何もないその背中に視線を投げる。
数拍後、ラファエルは仕方ないように吐息して、どこか他人事のように言った。
「……先日雷が掠めたからかな」
「は――! ダッセー!!」
ギルベルトはここぞとばかりに笑い声を響かせた。
ジークはそんなギルベルトの反応にぎょっとして、思わずラファエルの顔を見た。
カッチーン!
今度こそ聞こえた。聞こえたというか、その空気からそれが伝わってきた。
ラファエルは顔で微笑みながら、胸中では明らかに苛ついている。ギルベルトは気付かないのだろうか。普段察しがいいとは言えないジークにさえわかるのに。
「あなたの好きなお菓子を買っていって差し上げようと思っていたんですけど……」
「あ、それはよろしくー」
一頻りぎゃははと笑ったギルベルトは、片手間のようにそう言いながら、改めてジークへと向き直った。
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