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「カヤさん、少し遅れるそうです」
「あ、そうなんですね。わかりました、ありがとうございます」
朝食の後、廊下の掃き掃除をしていると、背後からリュシーに声をかけられた。
ジークはすぐさま振り返り、背筋を伸ばして頭を下げる。きわめて普段通りの、明るい笑顔を浮かべて――。
「……え、あの……リュシーさん」
けれども、その表情がにわかに曇る。
「なんですか?」
「その……えっと」
ジークは思わずリュシーの顔をじっと見た。それから手元を指差して、
「それ、貸して下さい。俺が運びます」
言うなり、持っていた箒を壁に立てかけ、リュシーの方へと踏み出した。
リビングダイニングから出てきたリュシーの手には、数枚の手巾がかけられた水桶が握られていた。それが妙に重そうに見えたのだ。
リュシーは意外そうに瞬いた。
「え……」
「いえ、何だか体調……良くないように見えて」
今日に限ったことではない。実はここのところずっとそう思っていた。
ジークはすこぶる調子がいいけれど、反してリュシーはどうだろう。連日とは言わないまでも、日によってとても疲れているように見える。
それが自分のせいだとは夢にも思わず、ジークはリュシーの手元に手を伸ばした。
「貸して下さい」
「いえ、大丈夫です」
なるほど、と思ったものの、リュシーはにっこりと微笑み、慎ましやかに一歩下がった。
……心の中で、「誰のせいだと思ってんだ」と毒づきながら。
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