【閑話】湖畔で

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「あんたね……」 「なんだよ。ちゃんとアンリに話は通してるぞ。あいつが欲しがってた鉱石はもう渡してあるんだ。その代わり、助手を貸せってことで契約は成立してる」  ここのところ、こうして時々ロイに呼び出されている。  実際、ロイの言うようにアンリからも行けと指示されてしまうので、逆らうこともできない。  その時のことを思い出しながら、リュシーは当てつけるように溜息をついた。 「俺の手をって……毎回何もしないじゃないですか」 「何もしないことはないだろ。散歩したり、買い物行ったり、あぁ、ほら。この前は枯れ葉を見たり……」 「紅葉狩りのことですか」 「あぁ、それだ」  そんな他愛ない話をしながら、今日だって湖の畔をぶらぶら歩いているだけだ。  ……何なんだろうこの時間は。  思うたび、リュシーは何度溜息を重ねたかしれない。  ただ一つ言えるのは、ロイが毎回妙に機嫌がいいということだ。  尻尾はずっとゆらゆらと揺れているし、頭に見える狼の耳は気が抜けたみたいに後ろに倒れている。  なにより隻眼でもその眼差しが柔らかいのがよくわかる。 (一体なんなんだよ……気持ち悪い……)  リュシーは半眼で更に溜息を漏らす。それでも主人の言いつけを守り、ロイが望むことに付き合うしかない。今ならば、共に湖畔を遊歩するという……それが今回の仕事だ。 「部屋の掃除とか……したいんですけど」 「ジークがいるだろ」 「それは……そうですけど。一応、あの人はあれで患者なので……」 「患者なぁ……」  ロイが何ごとか思い出すように視線を上向ける。  頭上には雲一つない青空が広がっていた。陽光はぽかぽかと温かい。風はあるがそれも穏やかで、気温は少し低めながらも過ごしにくいというほどではなかった。 「……まぁ、ジークがいる限りアンリはお前には手ぇ出さねぇのかな」 「……は?」 「だとしたら、いつまでだっていてくれりゃいいけど」 「はぁ? あんた何言ってるんですか?」  ロイはどことない頭上を見詰めたまま、独りごとのように言って苦笑する。  そのたびリュシーが眉根を寄せても、お構いなしだ。
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