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「なぁ、リュシー」
「……なんですか」
「お前、アンリの下って、本当に離れられねぇのか?」
「……無理ですね」
「そう……なのか。やっぱり」
「多分ですけど」
「いや、どっちだよ」
リュシーはロイとは違う方向に目を向けていた。
目線の先に、大きな岩がある。湖畔を一望できるその場所まで歩いて行くと、リュシーは黙ってそこに腰を下ろした。
「……疲れたのか?」
「いえ、別に」
リュシーの前に立ち、ロイがその顔を覗き込むようにして首を傾げる。
リュシーは諦めたように息を吐き、言葉を継いだ。
「さっきの話ですけど……。アンリは……俺の命の恩人っていうか……そういう存在で」
「命の?」
「昔、死にかけていたところを助けてもらったんです」
「へ……?」
「多分、ご主人が拾ってくれなかったら死んでたんじゃないですかね。俺」
「…………はぁ?!」
リュシーがあまりにも淡々と話すため、ロイは一瞬反応が遅れた。
驚きを隠せず目を瞠り、思わずリュシーの肩を掴む。
「……痛いんですけど」
「それで離れられないってことかよ」
「……」
「それを楯にいろいろ強要されてるってことかよ?」
「強要……まぁ、完全に違うとは言いませんけど、でもそれを受け入れてるのは俺なので。別に現状にそう不満はないですよ」
もう慣れましたし、とばかりに平然と見返せば、ロイの方が僅かに瞳を揺らした。
隻眼は複雑そうに細められ、伏せるように逸らされる。
リュシーは小さく苦笑しながら、凪いだ湖面へと目を遣った。
「可哀想だとか思ってるんですか?」
「……そうじゃねぇ」
「だったら……」
「……そうじゃねぇが……」
「だったら何ですか」
「…………リュシー」
「!」
不意に風が吹き抜ける。
無造作に伸ばされたロイの長い髪が逆立ち、切りそろえられたリュシーの青い髪がさらさらと流れた。
凪いでいた水面にさざなみが立ち、辺りを取り囲むように立ち並ぶ木々がざわめく音がする。
「……っ」
長めの前髪が目元を軽く打ち、リュシーは思わず目を閉じる。
と、その後頭部に何かが触れる感触がした。
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