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* * *
「被験体……」
ジークは反芻するように独りごちる。
そんなことになっていたとは夢にも思わず、さすがに驚きはしたものの、存外気落ちしていないのはそれでも自分の為に尽力してくれていることには変わりないと思えるからかもしれない。
とは言え、ショックだったこともある。当てにしていた薬が自分の給金では賄えないと分かったことだ。
こればかりはもうどうしようもない。できれば冬籠もりの時期が来る前に寮に戻れたらと思っていたが、アンリの返答からすればほぼ……いや、絶対に無理だ。
(……どうすればいいんだろう)
ジークは未だ名前の刻まれていない箒を片手に湖畔に佇み、澄んだ青空をぼんやりと見上げていた。
現状から推測するに、アンリの薬で抑えている間は恐らく発情はしない。だがその薬を継続するにはここにいなければならない。
薬を飲むのを止めれば発情期は普通に来るのだろうし、そうなるとそのまま騎士寮には戻れない。発情を制御できない限り、またいつ過日のような騒ぎを起こしてしまわないとも限らないからだ。
そもそも、そんな中途半端な状態では、きっとサシャも寮長も戻ることを許してはくれない。
(……制御か……)
訓練すればなんとかなるのだろうか。
今まで考えたこともなかったけれど、一番早いのはそれかもしれない。まるで知識の無い頭で考えても答えは出ないけれど、それならそれでもう一度アンリに相談してみても……。
ジークは自分に言い聞かせるように頷くと、思い出したように手の中の箒に目を遣った。
「……とりあえず、今は魔法に集中……」
今日は魔法の修練の日だ。直にカヤもやってくる。
今日は風が少し強い。ざわめく木々の葉音が通り過ぎるのを待って一つ息を吐くと、ジークは静かに瞑目し箒の柄をそっと握り締めた。
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