987人が本棚に入れています
本棚に追加
/260ページ
「ん……!」
表面が触れてしまえば、あとは転がり落ちるようだった。
ジークはカヤの顎に手を添えたまま、吐息ごと奪うように口付けた。
「んんっ、ん……!」
重ねられた唇に息を飲む。吹き抜けた風が、カヤの長い髪を靡かせた。
遅れて状況を理解したカヤは目を瞠り、とっさにその肩を押し返そうと力を込めた。けれども、体勢のせいだけでなく、仮にも騎士団の一員であるジークの方が力は上だ。思いの外びくともしない相手に、カヤは反射的に手のひらへと光を集める。
魔法にばかり頼ることはしたくないと思いながら、それでもこのまま流されるのはジークにとっても良いことにはならないと判断したからだ。
「ジー、ク……!」
相手を傷付ける可能性を考えると、直接的な攻撃魔法は使えない。それなら、相手へとかかる重力を減らすか、どちらかをこの場から転移させるか――。
「!」
しかし、そのどちらを試す間もなく、カヤの手から魔法が消える。ジークへと触れている場所からばちっと火花のようなものが散って、かと思うとそこに集束していた光も熱も瞬く間に霧散したのだ。
「え……っ」
何が起こった?
――まさか、相殺された?
カヤは思わず動きを止める。
そもそもカヤの魔法力は桁違いだ。この世に残る純血の魔法使いはもう数えるほどしか残っていない。そのうちの貴重な一人であるカヤの魔法が、どういうわけか掻き消されていた。
「ん……、おいし……」
状況の把握に気をとられていたカヤの唇を、ジークが舐める。カヤははっとして再度ジークの肩を掴む手に力を入れた。
「ま、待って、ジーク……!」
「ん……?」
ジークはゆっくり頭を浮かせると、戸惑うカヤを見下ろし、婉然と微笑んだ。かと思うと顎先を捉えていた手が位置を変え、身動ぐ首元を撫で下ろす。焦らすように、知らしめるように線を描くその動きに、カヤの喉奥で小さな音が鳴った。
最初のコメントを投稿しよう!