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一際強い風が吹き抜けた。
「……この匂い……」
大きく靡く銀灰色の長髪を片手で押さえながら、僅か頭上を見上げたのは隻眼の銀狼だった。ロイは足を止め、何かを探るように風上へと鼻先を向けた。
「どうかしたんですか?」
数歩遅れて、隣を歩いていたリュシーも立ち止まる。手の中の大きな袋を抱え直し、振り向いた先のロイの様子に一つ瞬くと、倣うように空を仰ぐ。
「……雨が降りそうな気配でも?」
天候についてはリュシーも多少感知できるが、ロイの方が上なのは確かだ。もし急な雨でも来そうだというなら、家路を急がなければならない。
「いや……」
小さく首を傾げるリュシーを横目に、ロイは再度風上に意識を向ける。ややして隻眼を細めると、人知れず苦笑した。
(……坊っちゃんだな)
その違和感の正体に、ロイは気付いていた。
けれども、そう確信しながらあえて口にすることはしない。ただ風が止めばリュシーとの間にできた数歩分の距離を詰め、その手の中の荷物を横から取り上げるだけだ。
「えっ、いいですよ、自分で持ちます」
「俺が持った方が早い」
リュシーの言い分など意に介したふうもなく、ロイは自分が持っていた荷物と共に、リュシーのそれも軽々と抱える。
以前、何度か嗅いだとこのあるジークのフェロモンをロイはしっかり感知できる。そして鼻が効く分、その甘さも人一倍感じているはずなのだ。
なのに、何故かリュシーが傍にいるとその気が薄れる。元々理性的な男だからだろうか。以前のように自身が発情している時でさえ、天秤はリュシーに傾いた。
「なんなんですか急に……?」
「いや、別に」
「はぁ……?」
理由も言わずに歩調だけ速めるロイに、リュシーはあからさまに眉を顰める。それでも飄々と笑いかけられると、それ以上は何も言えなくなる。
せめてもと当てつけるような溜息をつくリュシーに、ロイは「悪ぃな」と心の中で呟いた。
(……本当のことを言えばすぐにでも飛んでっちまうだろ)
ロイの本音はそれだった。できれば少しでも長くリュシーとの時間を楽しみたかったのだ。そうかと言って、なにか少しでもリュシーの助けになりたいと思うのも嘘ではないから、多少なり譲歩はする。
「なんならお前のことも抱えてやろうか」
「は?」
「その方が早い」
「結構です」
「そう遠慮すんなよ」
「けっ、こう、です」
ロイが理性的な男?
リュシーが聞けば呆れて閉口するかもしれない。
ただ自分勝手なだけでは?
と――。
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