♥22.こんなことって

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 *  *  一際強い風が吹き抜けた。 「……この匂い……」  大きく靡く銀灰色の長髪を片手で押さえながら、僅か頭上を見上げたのは隻眼の銀狼(ロイ)だった。ロイは足を止め、何かを探るように風上へと鼻先を向けた。 「どうかしたんですか?」  数歩遅れて、隣を歩いていたリュシーも立ち止まる。手の中の大きな袋を抱え直し、振り向いた先のロイの様子に一つ瞬くと、倣うように空を仰ぐ。 「……雨が降りそうな気配でも?」  天候についてはリュシーも多少感知できるが、ロイの方が上なのは確かだ。もし急な雨でも来そうだというなら、家路を急がなければならない。 「いや……」  小さく首を傾げるリュシーを横目に、ロイは再度風上に意識を向ける。ややして隻眼を細めると、人知れず苦笑した。 (……坊っちゃんだな)  その違和感の正体に、ロイは気付いていた。  けれども、そう確信しながらあえて口にすることはしない。ただ風が止めばリュシーとの間にできた数歩分の距離を詰め、その手の中の荷物を横から取り上げるだけだ。 「えっ、いいですよ、自分で持ちます」 「俺が持った方が早い」  リュシーの言い分など意に介したふうもなく、ロイは自分が持っていた荷物と共に、リュシーのそれも軽々と抱える。  以前、何度か嗅いだとこのあるジークのフェロモンをロイはしっかり感知できる。そして鼻が効く分、その甘さも人一倍感じているはずなのだ。  なのに、何故かリュシーが傍にいるとその気が薄れる。元々理性的な男だからだろうか。以前のように自身が発情している時でさえ、天秤はリュシーに傾いた。 「なんなんですか急に……?」 「いや、別に」 「はぁ……?」  理由も言わずに歩調だけ速めるロイに、リュシーはあからさまに眉を顰める。それでも飄々と笑いかけられると、それ以上は何も言えなくなる。  せめてもと当てつけるような溜息をつくリュシーに、ロイは「悪ぃな」と心の中で呟いた。 (……本当のことを言えばすぐにでも飛んでっちまうだろ)  ロイの本音はそれだった。できれば少しでも長くリュシーとの時間を楽しみたかったのだ。そうかと言って、なにか少しでもリュシーの助けになりたいと思うのも嘘ではないから、多少なり譲歩はする。 「なんならお前のことも抱えてやろうか」 「は?」 「その方が早い」 「結構です」 「そう遠慮すんなよ」 「けっ、こう、です」  ロイが理性的な男?  リュシーが聞けば呆れて閉口するかもしれない。  ただ自分勝手なだけでは?  と――。
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