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* *
「!」
ガツ! と鈍い音がして、ジークがカヤの上へと倒れ込む。カヤはまさに濡れた下着を引き下ろされそうになっていたところで、突然動きを止めたジークに思わず目を見開いた。
「……え」
ジークは気を失っていた。何が起こったのかと戸惑いつつも動かなくなったジークの体をそっと押し退けると、そこに佇んでいたのは一本の箒だった。
数分前、カヤは今一度魔法の発動を試みた。半ばパニックになりながらも試したそれは、先刻のような相手へと直接作用するものでなく、単なる転移魔法だった。けれども、何を転移させればいいか決めかねているうちに、ジークの手が下着にかかり、とっさに呼び寄せるに至ったのは魔法使い専用の箒。先日ジークにも見せたことのあるそれは、持ち主との相性がすこぶる悪い、カヤの箒だった。
箒を呼んだところで何になるというのか。視界の端に現れたそれにカヤは自嘲めいた反省を抱いたが、全ては後の祭り――そう思った直後のことだった。
「……助けてくれたのか」
体を起こし、意外そうに見つめる視線の先で、見慣れた箒が物言いたげに僅かに揺れる。それに合わせて、柄と穂の境に結ばれた青銀色のリボンがはためいた。
驚きながらもほっとするカヤの前で、次いでひょこんと跳ねた箒は、そのまま心配そうに傍へと寄ってきて――かと思うと、突然カヤの頭をしばいてきた。
「痛って……!」
当たったのが穂先だったためたんこぶまではできなかったが、振りかぶって殴打されたためそれなりの痛みはあった。
カヤは草葉の散りばめられた、乱れきった髪の上から頭を撫でつつ、片手で箒の柄を掴んだ。
「そんな怒るなよ……俺だってこんなことになるとは思わなかったんだから」
握られた手の中で、箒は抗うように反り返る。その様子にカヤはようやく破顔して、嫌がっているらしい箒をぎゅっと抱き締めた。
「ありがと、助かった」
安堵の息と共に呟くと、ややして仕方ないように箒の動きが止まる。
通常、いくら魔法使い専用の道具と言えど、箒は言葉を発しない。もっと言えば自立もしないし、独断で動いたりもしないのだ。
例外があると言えばそういう薬を使ったり、魔法をかければというところだが、カヤがそれをしたことはない。
にもかかわらず、この状況にあるのはやはりカヤの魔法力が強すぎるからに他ならなかった。
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