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箒と魔法使いの関係は、柄に名前が刻まれた時点で契約が成立したも同然で、ある意味箒に認められたことにもなるのだが、カヤは赤ん坊の頃に有無を言わさず名を刻んでしまったため箒が不服申立てを継続しているようなところがあった。
箒に名前をつけてはいけない。
箒に意思を持たせないのも、基本的には仮にも消耗品である魔法道具に情を抱かないようにするためだ。
中には自分は大丈夫と過信して名を付けたり気まぐれに擬人化させたりする者もいたが、あまり良い結果が得られたという話は聞かない。
上級魔法使いであればあるほどその辺りは弁えていて、ゆえにカヤもアンリも、サシャも箒に特別な感情を向けることはなかった。
なかったのだが――。
「君には敵わないなぁ」
そのつもりもなく意思を持ってしまった箒から、カヤはそれを奪うことができないでいる。
ちなみにこれがアンリなら、有無を言わさず単なる道具に戻しているところだろう。だから才能の割に箒に認められるまでに存外時間がかかったのではないかと、あえて指摘する者はいなかったけれど。
「……はぁ」
カヤは子供を褒めるように箒の柄を撫でたあと、乱れた服と髪を軽く整え、傍らで眠るジークの顔に目を遣った。
「ジーク……どうするかな」
気を失っているとは言え、ジークの呼吸は未だ浅い。発熱でもしているかのように頬も紅潮しているし、寝顔にすら妙な色気が滲んでいる。このままだと目を覚ました途端にまた振り出しに戻ってしまいな気もして、カヤは口元に手を当て思案する。
「魔法――……」
ぽつりと呟き、カヤは片手を翻す。上向けた右の手のひらに視線を落とし、軽く意識を集中させる。いつも通りに魔法が集束し、意識的に解けばそのまま霧散した。
さっきのは何だったんだろう。
カヤの魔法を消されるなど、生まれてこの方経験したことがない。
しかも全てが使えないというわけでなく、ジークへと直接作用する魔法をかけようとした時だけ相殺されたようだった。
「うーん……」
考えても答えは出ない。それならとこの問題は一旦持ち帰ることにして、カヤは努めて意識を切り替える。
「とりあえず、ここはやむを得ないってことで……」
安易に魔法は使わない。そうして生活しているつもりだけれど、今回ばかりは仕方ない。誰にでもなく言い訳するように独り言ちると、カヤは軽く指先を閃かせ、ひとまず気になっていた自分の下着を清めたのだった。
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