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眼下でカタリと物音がする。男は満足そうに口端を引き上げると、見るからに上質そうなビロードのマントを翻した。頭のてっぺんから靴まで黒一色に統一されている中で、はためいたその内側のみ鮮やかな緋色をしていた。
「お招きありがとう」
間もなく開け放たれた窓からひらりと身を滑り込ませた男は、目前に佇むジークに優雅に微笑みかける。
「……あなたは……」
ジークは緩慢に瞬き、不明瞭な意識の中問い返す。
「私はノエル。不躾に申し訳ないんだが、少し血を分けていただけないかな」
男はゆっくりと距離を詰め、ジークの腰へと腕を回した。
「ノエ……? 血……?」
「ここのところダイエットをしていたせいか、少し貧血気味でね。そんな折りにとても美味しそうな気配がしたから……」
「美味しそう……?」
「少しだけでいいんだ。その分、礼もちゃんとしよう」
されるまま引き寄せられた腕の中で、ジークは少しだけ高い位置にある相手の顔をまっすぐに見返す。状況が理解できずに僅かに首を傾げるが、ノエルと名乗った男はただ悠然と微笑むだけだった。
「さぁ、君の名は?」
「あ、俺は……ジーク、です」
そして問いに答えると、身体から急に力が抜けた。足元から崩れ落ちそうになったジークの身体を、けれどもまるでそうなるのを予見していたかのようにノエルが支える。そのまま紳士然とした所作でその身を抱き上げ、傍らのベッドへと横たえた。
「すみ、ません……」
妙な脱力感の中、申し訳なさそうにジークが見上げた先で、月明かりがノエルの顔を照らし出す。
背の中程まである髪の毛は緩く編み込まれていて、服装同様真っ黒に見えたそれはよく見れば毛先に向かって赤みがかっていた。月明かりを反射すると不思議な色合いに煌めくそれと同様に、一見漆黒に見えた瞳の虹彩も、月光を載せることでやはり鮮やかな緋色を帯びて見える。
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