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ノエルの意思に従い、僅かに伸びた牙が皮膚に食い込む。その切っ先が更に沈めば、ぷつりと裂けた傷口から血が滲んだ。
「……!」
ノエルの舌に甘さが乗る。芳醇な香りが鼻に抜ける。想像以上に甘美なそれにノエルは思わず瞠目する。確かめるように舌を這わせ、唇を被せる。こくんと小さく喉が鳴る。
「ん、ぁ……っ」
牙が皮膚を突き破る、微かな痛みにすらジークはたまらないように背筋を震わせる。もっと、とでも言うように喉を反らし、無意識に腰を浮かせて張り詰めた下腹部を相手の下肢へと押し付ける。
「……驚いたな。これほどとは思わなかった」
傷口からあふれる血液を吸い上げながら、ノエルは掠れた声で呟いた。
喉の奥を滑り落ちていく先から、強い酒でも飲んだかのように身体に火が灯る心地がする。それなりに理性的なつもりでいたのに、気が付けば煽られるまま自身もすっかり熱を帯びていた。
ジークの方も同様だった。ヒート中だからというのはもちろんあるだろうが、口内や傷口からノエルの唾液の成分が浸透するほど、急くように昂ぶっていくのが止められない。ともすればそのまま達してしまいそうに下腹部が脈打ち、腹の奥がせつなげに疼くのだ。
「きもち、ぃ……、イ、きたい……」
「それは一応、最初から叶えてあげるつもりだけれどね」
あられもない言葉を譫言のようにこぼすジークに、ノエルは苦笑混じりに吐息する。
つい数分前、窓際に立っていた青年にここまで人を惑わすほどの色香はなかった。ヒート中の淫魔という独特な状況であるとは言え、それでもノエルは流されない自信があったのだ。
「なか……、胎内に……」
「……胎内に?」
「ん……、なか、に……、熱いの、いっぱい、欲し……」
だから、そう――これは流されたわけじゃない。
「――君は雌型か」
ノエルは静かに息を呑んだ。
ギルベルトのように、本能のまま貪ろうなどと言う気にはならない。ならないけれど、目の前の青年をもう少し深く味わってみたいという気持ちは芽生えてしまった。
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