08.ジークと薬

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 カチャンと音を立てて、カップが倒れたのに気付いたときには、ジークの息はすでに上がっていた。ふわりと漂ってきた匂いに気付いたのもその時だ。  そこから一気に濃くなった甘い香りに、リュシーは束の間、気圧されたように動けなくなった。  辛うじて上げた視線の先で、ジークは苦しいように自分の身体を掻き抱いていて――。  かと思うと、次の瞬間、糸が切れたかのように意識を失った。  ジークはそのまま床へと崩れ落ちた。どさり、と響いたその音に、ようやくリュシーの時間が動き出す。  慌てて傍へ駆け寄ると、ジークはなまめかしい吐息を漏らしながら、微かにまぶたを震わせていた。  リュシーの頭の中に、昨夜の様相が蘇る。この家(ここ)に来る前――リュシーがジークを拾いに行ったときと、似ている気がした。  リュシーは急くようにジークの身体を抱き上げた。  触れた先から、何とも形容しがたい空気が纏わり付いてくる。  きわめて甘く、強制的に官能を擽るようなそれは、元々影響を受けにくいはずのリュシーにまでも強引に火をつけようとする。 (うっとうしい……)  煽られたって、リュシー(自分)は達けないのに――現状(いま)のままでは。 「間に合わなかったら、じゃ、ねぇよっ……」  リュシーはじわじわと体温を上げるジークを抱えたまま、リビングを飛び出すと、 「こんなの、どうせ想定内だろ……!」  吐き捨てながら廊下を突っ切り、次いでアトリエの扉を蹴り開けた。  リュシーはそこから更にひとつ扉を抜けて、ジークを奥の部屋のベッドに下ろす。  それからすぐにアトリエに戻り、今度は作業台の上へと視線を走らせた。  間もなく目に止めたのは、今朝方ジークが気にしていた、不思議な色合いの液体が入った瓶だ。焦れたようにそれを手に取り、急いで奥の部屋へと向かう。 「!」  けれども、そこでリュシーは足を止める。  とっさに口元を覆ったのは、先とは比べものにならないほどに濃くなった香りが、部屋中を満たしていたからで、 「リュシー、さん……」  そしてベッドに寝ていたはずのジークが、いつの間にか身を起こし、艶然と微笑んでいたからだった。
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