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「あ、あの、俺……?」
そのどこか気の抜けたような声を耳にして、リュシーはようやく息をついた。
どこもかしこも撫で回すかのように、纏わり付いていた香りが薄らいでいく。まだ完全には消えていないけれど、ジークの様子からしてそれも時間の問題だろうと思えた。
「まぁ、これくらいなら……」
独りごちるように言って、リュシーはゆっくり手を引いた。
ジークはベッドに押し倒された際の格好のまま、リュシーの動向をただ目で追っていた。
ジークの上から退いたリュシーは、次いで窓際へと足を向ける。
空気の入れ換えのために朝から開けてあったそこからは、緩急のある風が巡っていた。一際強く吹き込んだそれに、カーテンが大きく舞い上がる。厭うように、リュシーは全ての窓を閉めた。
いつもよりぞんざいな手付きになってしまうのは仕方なかった。それくらいリュシーには余裕がなかったし、少しでも早くこの部屋を外部から遮断してしまいたかったからだ。
先日の――隻眼の狼のように、少しの匂いにも敏感な者であれば、この程度の残り香でも当てられてしまうかもしれない。そうでなくとも、いつまたぶり返すとも知れない未知の状態だ。
仮にそうなったとしてさほど驚きはしないけれど、少なくともそれがいたずらに外界へと振りまかれてしまうようなことだけは避けなければと思った。
これ以上面倒なことになるのはごめんだ。何よりそうなってしまった場合、主人に何を言われるか――されるかわからない。
(……寝た、のか?)
リュシーが窓際から戻ると、ジークは静かに目を閉じていた。
呼吸は安定しているように見えた。すでに深い眠りに落ちてしまったように見えなくもない。
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