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いい人、7日目
日曜日の夕方。
私はおしゃれなカフェで、一人の男性と待ち合わせをしていました。
友人に薦められて、というか半ば強制的にダウンロードさせられた婚活アプリで出会った男性です。
私にはカナタくんがいるので、本当は会うつもりはなかったのですが、「1回だけでもいいから、会ってほしいです!」と毎日届くメッセージに負けて、会うことを承諾してしまいました。
お店のドアについているベルが、カランコロンと音を立てたので、目を向けると、ハンカチで汗を拭きながらこちらに来る男性がいました。
失礼ながら、上から下まで見てしまいます。アイコンは顔だけなので、気付きませんでした。体型が……。
あっ、いえ。なんでもありません。え? たぬき? そんなこと思ってないですよ、神様。やだなー、聞き間違いじゃないですか?
「初めまして。矢崎です。会えて嬉しいです」
「田端です。スーツなんですね。お仕事の合間ですか?」
「いえいえ。休みなのですが、こういう時の服を持ち合わせていないもので……」
そう言いながら私の前に座って、汗をぬぐいます。
そして、店員さんが持ってきてくれた水とおしぼりを、テーブルに置かれる直前にかすめ取りました。
水を一気飲みして、言います。
「おかわりちょうだい」
グラスを、店員さんが持っているお盆に戻しました。
あっけにとられている店員さんに、もう一度言います。
「お、か、わ、り、ちょうだい」
どうやら、聞こえなかったと判断したみたいです。ゆっくり1音ずつ区切って発音していました。
私は愛想笑いを浮かべました。
店員さんが席を離れると、彼はおしぼりを広げて、顔にのせます。
「ふうー気持ちいい!」
一通り拭き終わると、おしぼりを畳んで、テーブルに置きました。
「お待たせいたしました。お水です」
「アイスコーヒー」
「かしこまりました」
店員さんが戻っていくと、彼は目をすがめて、私を見ます。
「あ、そうだ、俺の方が年上だからタメ口でいいよね? 梨沙ちゃんめっちゃ可愛い。てかエロい。なにその格好。誘ってんの?」
「え? 普通のブラウスだけど? なんか変?」
私は水を口に含み、飲み下しました。
みるみる彼の顔が赤くなり、唇が震えていきます。
不思議に思っていると、彼の拳がどん、とテーブルを叩きました。
どうやら怒りで震えていたみたいでした。
「なにその喋り方」
「え?」
「なんで俺にタメ口なんだよ、ってこと」
「だって矢崎さんがタメ口にしたから」
「俺はいいの! 梨沙ちゃんより年上だから。初対面の男に敬語も使えないとか、どういう育てられ方してきたの? 親の顔が見てみたいな、まったく」
彼が舌舐めずりをして、にやりと笑いました。
「俺が育て直してやろうか、うん?」
あなたこそどういう育てられ方してきたんですか、うん? とは言いません。
なぜなら私はいい人だからです。
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