瓢箪駅にて

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 虫の音の背後、どこからか爽やかな渓流の音も響いている。  近くに川があったっけ、桐谷は耳をすませながらも、人びとが歩いていく先に早足でついていった。  今まで何度も青峰は通過しているが、降り立ったことはなかった。第一、あまり利用客がいるようでもなかった。乗り降りするのも、いつも片手で数えられる程度だったし。  この路線の中でもずいぶん田舎じみているな、とは思ったことはあったが、まさか真夜中、そこに降り立つことになろうとは、想像したこともなかった。  人びとは淡い黄緑色の光の群れに、吸い寄せられるように歩を進めている。  そこに見えた光景に、桐谷はいったん足を止め、ほお、と大きく息を吐いた。  部屋にすれば十畳あるかないか、という広さの、高さは二メートル程度だろうか、少し低い感じではあったが、その棚にはまだ緑色の蔓がまんべんなく張り巡らされていた。  そして、そこかしこに下がる瓢箪が、山から吹く風で、緩やかに揺れ動いている。  瓢箪は、どうしたことかどれもこれも淡く黄緑色の光をまとっていた。  特に照明をつけているわけではなさそうだが、瓢箪の光のおかげでか、棚ぜんたいが淡く、光り輝いているのだった。 「きれーい」 「何だこれ、初めて見る」  電車から降りた客が、棚を見上げたまま口々にそうつぶやいている。 「すごいですよね、これ」  暗がりの中から誰かが桐谷にそう声をかけた。桐谷も、「は、はい」何となく上ずった声でそう答え、いかにも目の前の情景に見とれているふりをしてそっぽを向いた。 「ねえ」  また呼びかけられて、返事を待っているような様子を肩越しに感じ、桐谷は無視することもできず「はい?」声の方にふり向いてみた。  そこに立っていた人は、淡く光をまとっていた。 「母さん……?」  桐谷の声が闇に吸い込まれる。 「久しぶりだねえ」  随分前に亡くなったはずの、桐谷の母が立っていた。  亡くなった時と同じエプロン姿で。
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