「陽だまりの彼女」

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「陽だまりの彼女」

 幼い頃、私はヒロトと彼の両親と一度だけ郊外にあるひわまり園に行ったことがある。辺り一面に咲くひまわりはとても明るくて、綺麗で、何よりも可愛かった。ひまわりを見てはしゃぐヒロトの姿も、とてもとても可愛かったのを私は今でも覚えている。 「ひまわりはね。育てるのにとても手間がかかるらしいの!だからひまわりが綺麗に咲くのはね、本当はすごい事なんだって。」 私は昔そんな事を彼に言った思い出がある。 あの夏の暑い日、だけど気持ちいい風が吹いたあの日。私は陽だまりの中で一面に咲くひまわりを見つめるヒロトの横顔が好きだった。 ーーねえ、知ってる?ヒロト。 ーーひまわりの花言葉ってね。 「陽だまりの彼女」 ーー最近、ヒロトの様子がおかしい。 そのことに私が気付いたのはいつ頃だろう。あの日、GBNに遊びに行ったヒロトを見送ってからというもの、帰ってきた彼の様子は変わってしまっていた。表情が豊かだったはずのヒロトが、あの日を境に別人のようになってしまった。心配した私がヒロトに何かあったのかを聞いても、彼は俯いたまま、大丈夫だから。の一言を繰り返す。どこか心の一部が壊れてしまったのか、彼の生き生きとしていた瞳からは光が無くなっていた。大丈夫なわけない。あんなに悲しそうな目をするヒロトは今まで見たことが無かった。 (……どうして、話してくれないんだろう。全然大丈夫じゃないよ。ヒロト、明らかに辛そうだもん。) 落ち込んだままの彼の表情を見ているのは辛い。 高校生になってからはまたGBNで新しい友達と一緒に遊んでいるみたいだけど……。それでも私の不安は晴れない。ヒロトのお母さんのユリコさんも、どうしてヒロトが変わってしまったのかは、詳しくは分からないみたい。 だけど確実に言えるのはあの日、GBNで”何か”があったんだ。ヒロトを変えてしまうだけの何かが。あの明るかったヒロトの心を悲しみに沈めてしまう何かが。それが何なのかは私には分からない。 ヒロトの家には何度かお邪魔させてもらった事がある。幼い頃、一緒に遊んだ彼の部屋。沢山のガンダムのプラモデルが並ぶあの部屋。 コアガンダム。と呼ぶ彼のガンダムのプラモデルは、他のガンダムに比べると小さくて可愛かった。 ヒロトとは小学生の時も、中学生の時も一緒に遊んだ。何度か他の男子からはからかわれる事もあったけれど、その度にヒロトが庇ってくれた。あの時のヒロトの表情と、手の温もりは今でも覚えている。 「あ!ヒロト!また今日もお夕飯作りに行くね!」 夕方。私は部活の帰り道に一人でとぼとぼと歩くヒロトを見かけて思わず声をかける。こうして時々でもいいから声をかけてあげないと、今のヒロトは誰とも会話をしないかも知れない。それがどうしても心配だった。心配だなんてそれは私のお節介なのかも知れない。余計なお世話なのかも知れない。だけど、だけどね。 「ありがとう。」 声をかけられて、一瞬ヒロトは戸惑いの表情を浮かべたけど、少しだけ彼の強張った表情が和らいだ気がする。それが嬉しい。 「今日はヒロトの好きな肉じゃがだから楽しみにしててね!」 「うん……!ありがとう。」 でもやっぱり、どこか彼の様子はおかしい。帰り道の夕方、夕陽に照らされるヒロトの表情はどこか寂しそうだった。彼の整った顔、幼いころから見てきた顔。だけどヒロトが浮かべるこの表情は……私の知っていた彼じゃない。 (ねえヒロト。どうして私には何も教えてくれないの?) どうして私には教えてくれないのだろう。 どうして私では彼の支えになってあげられないのだろう。もどかしさが胸にこみあげ、思わず私は足を止めた。突然足を止めた私を不審に思ったのか、どうしたの?とヒロトが心配そうな顔で私を見つめる。 その瞳だけは、私が知っていた彼のものだった。 (ああ、こうして人を心配してくれる時だけは昔のヒロトのままなんだ。) それが、なんだか妙にうれしくて、だけど切なくて。思わず涙が滲んでくるのが分かった。 「……ん。ヒナタ、どうしたの……泣いてる!?」 「なんでもない!ねぇヒロト。私、私ね。決めた事があるの。聞いてくれるかな?」 「……急に何。」 言わなきゃ。ここで言わなかったら、本当にヒロトは戻ってこないかも知れない。私が黙ると同時にヒロトも黙ってしまった。辺りに少しだけ沈黙が流れる。私は深呼吸した後、ヒロトの目を見つめたままはっきりと言葉を伝える。 「私、ヒロトがまた元気になれるように頑張る。」 決めた。お節介でもいい。私の一方通行な想いでもいい。ヒロトに元気になって欲しい。また昔みたいにはにかんだ笑顔で笑ってくれるヒロトに会いたい。ただそれだけだった。 「それはどうも……ありがとう。」 「うん。ねぇヒロト。」 「何?」 ーーヒロトは大丈夫だよ。という言葉は胸にしまっておいた。誰かのために頑張れるヒロト。その言葉を本当の意味で伝えられるのは、きっと彼が自分自身を許してあげた後だと思うから。 ーーねえヒロト。知ってる? ーーひまわりの花言葉ってね。 “あなただけをみつめる”なんだよ。 これからも、みつめさせてね。ヒロト……。 陽だまりの彼女 完
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