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ズルいです、蓮くん
「じゃあ、行ってくるね、陽葵、蓮。蓮、陽葵のことをくれぐれもよろしく」
「ホントに見送りはいいの?」
私は、お姉ちゃんと離れがたかった。
「センチメンタルになっちゃうのは好きじゃないの。だから、ここで、笑顔で。夏休みには帰ってくるから、拓巳と」
「そっか・・・分かった。拓巳さんによろしくね」
お姉ちゃんは微笑って
「うん・・・。じゃあ、行くね」
お姉ちゃんが去っていく。残されたのは、蓮くんと私。
「そろそろ、引っ越し業者が来っかなぁ」
蓮くんがつぶやく。その言葉通り、しばらくするとやって来た。衣装ケースに本棚、いくつかの段ボールに・・・えっ、電子ピアノ?
「蓮くん、ピアノ弾くの?」
イメージになかったから、驚いた。
「あぁ、趣味程度にね。ポップスが主だけど」
ちょっと照れた様子で言った。引っ越し業者が去ってから、私はちょっと頼んでみた。
「ね、何か弾いてみて?」
「ん~、じゃあ・・・」
シートに座って、鍵盤の指を置いて深呼吸する蓮くん。弾いてくれた曲は、「ひまわりの約束」。
パチパチパチパチ。精一杯の拍手を送る。
「すごい上手だね」
「・・・君のために僕が出来ることは何かあるかな?」
「えっ?」
「そんな想いを込めて弾いたつもりだよ」
「・・・出来るだけ、私と一緒にいてください」
まずっ!私、何言ってんだ。ビックリした顔の蓮くん。慌てて私は付け加える。真っ赤になった。
「あ、違うんです、デートするな、とかそう言うんじゃなくて・・・えっと、えっと・・・忘れてください」
蓮くんが、ふっ、と微笑う。
「分かった。仕事のあとは出来るだけすぐに帰るよ。週末は・・・奈美につきっきりになるけど、それは許してな」
ズルい。蓮くんは、私が好きになるのを止めてくれない。やっとのことで、私は言った。
「・・・ありがとうございます」
「とは言っても、がんばっても帰るのは8時過ぎになっちゃうから、夕食は先に食べといて」
「待ってます!お姉ちゃんもそのくらいだったし、慣れてます。あの・・・私の手料理でよければ、ですけど」
なんだか、ドキドキしてきた。ただの、ルームシェアリングだけど、手料理食べてもらうなんて、何か、恋人同士みたいじゃない?おしつけがましくなかったかな?・・・ちょっと、心配になった。
「陽葵ちゃんの手料理かぁ。楽しみだな。あっ、食費はちゃんと入れるよ」
「ありがとうございます」
ズルいです、蓮くん、その微笑みは。でも、考えてみれば自分でこの流れを作っちゃったんだよね。自分から、どんどん、戻れない道を作っているんだ。私って・・・救いようがないな。
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