走馬電鉄

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ーこの電車はあと5分ほどで到着します。 「……ここは」 目を開けるとそこは電車の中だった。 辺りを見回すがどこにも人はいない。 そして窓の外の景色は真っ暗だった。今は夜なのだろうか。 一体自分はどうしてこんなところにいるのだろう。 自分は確か…… 目を細めて思い出そうとする。確か学校に行こうとしてホームで電車を待っていたはずだ。しかしそれ以降の記憶はない。そして今自分が乗っている電車は学校に向かう電車ではないことにはとっくに気づいていた。 「おや、お目覚めかい?」 驚いて顔をあげる。向かいの席に老婆が座っていた。先ほどまでは誰もいなかったはずなのに一体どこから現れたのだろうか。 「ここは一体どこなのかと聞きたいようだねえ。」 老婆はクツクツと笑いながら話しかけてくる。 「ここはね走馬灯ってやつなんだよ。」 ソウマトウ。死に際に見ると言われているあれのことだろうか。 「そうだよ。お前さんはあと5分で目的地に到着する。その5分間の間にこの電車の中でお前さんの人生を振り返るんだ。ここはそういう場所だよ。」 目的地とはつまり、黄泉の国なのだろう。 しかし、自分はどうして死んでしまったのだろうか。最後の記憶をたどっても思い出せないのだ。 「手始めに生まれた時のことから振り返ってみようかねえ。」 老婆は右腕をあげる。すると窓ガラスに光が差し始めた。 そして映像が流れ出した。 『ねえ、名前は何にしましょうか。』 あれは、父さんと母さんだ。 腕に抱えているのは自分だろうか。 『そうだなあ……元気に健やかに育って欲しいから、元気のゲンに健康のコウで元康はどうだ?』 『そのままじゃない。』 そう言って母は楽しそうに笑った。そっかそういう意味で僕の名前は元康だったんだ。 映像は止まることなく進んだ。七五三の時の袴姿。妹が生まれた時のこと。小学校の遠足で母さんのお弁当を食べたこと。テストではいつも満点だったこと。いつもクラスの中心にいたこと。勉強もスポーツもいつも褒められていたこと。 『なんでだよ……』 そして、絶対大丈夫だと言われていたのに中学校受験に失敗してしまった時こと。 父さんと母さんは高校受験もあるから気にするなと言ってくれたが、残念そうな面持ちであった。 期待に答えることができなかった分、中学では誰よりも勉強を頑張ろうとした。 その結果、部活に入ることもなく、またクラスの輪に馴染むこともできず、次第に僕は孤立していった。 どんなに頑張っても上がらない成績。高校受験が近づくにつれて高まるプレッシャー。楽しいことが何もない、つまらない。もう嫌だ。 『危ない!!!』 ブツッ 目の前に流れていた映像が急に消え、暗闇が映るただの窓に戻っていた。 ああ、そうだ。 あの日僕はとっても疲れていたんだ。 返ってきた模試の結果がぜんぜんよくなくて、受験まで半年を切っているのにこのままじゃダメだと思っていたら、急にめまいがしてふらついて。 そして…… 「ほほっ、そのままホームの下に落ちてしまったんだねえ。」 老婆は先ほどと同じようにクツクツと笑った。 でもきっとあのまま落ちて死んでしまってよかったんだ。 受験だってうまくいった気がしないし、だったら死んでやり直したほうがよっぽどいい。 「じゃあ次にその後のお前さんの家族を見てみようかねえ。」 『元康!元康!』 病院で泣き崩れる母さんとそれを横で支える父さんの姿が映った。 妹は離れた位置で下を向いて立っている。 「残されたものは何もできないからねえ。そしてお前さんも残されたものに対して何かをすることはできない。」 ごめんね、母さん、父さん。 「さて、最後にお前が手に入れるはずだった未来をちょっとだけ見てみようか。」 え……? 窓が再び光り出す。そして映像が流れてきた。 『元康おめでとう!』 どうやら志望校の合格発表のようだ。そして手に持っている受験番号と看板に書かれた番号が一致している。 ああ、そうか高校受験は成功したんだ。 『キャプテン!』 高校ではバレー部に入ったようだ。僕は部長になって、慕われたくさんの後輩と同級生に囲まれている。 『誕生日おめでとう!』 20歳の誕生日は家族とご飯に行っている。初めて父さんと母さんとお酒を飲み交わしている。 「残念だねえ。こんな世界もお前さんにはもういらないかねえ。さて、消してしまおうか。」 老婆はゆっくりと左手をあげる。 なぜだがこのままあげさせてはいけないような気がした。 ー間もなく、到着します。お忘れ物のないよう…… 「待って!!」 僕は力の限り叫んだ。 「僕はもっと生きたい!未来を生きたい!僕の人生を勝手に消さないで!」 老婆の手は途中で止まった。 「そうかい。戻ったらまた辛いことが待っているよ?」 老婆は首を傾げた。 「それでもいいんだ。苦しくても辛くても、絶対に幸せな未来をつかみたい。」 「そうかい。そうかい。」 老婆は目を細めながら、途中まであげた手を再び下ろしていった。 ガタンゴトンッ 音を立てて電車はホームに入り、そして停車した。 ー当電車は目的地に到着しました。お出口は右側です。 「おばあさん!ありがとう!頑張るね!」 僕は電車から飛び出した。苦しくて辛いあの世界に。 そして、そこに希望を見つけるために。 「お前さんならきっと望んだ未来をつかむことができるはずだよ。」 老婆は席に座ったまま言った。 「さてさて、今宵も迷える子羊たちを助けに行こうかしらねえ。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!