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彼女は枝の間に飛び込むと、揺れる枝葉の影を飛び渡り、姿を紛れさせていく。
自分の縄張りとは言え、よくあれだけ大きな翼を持っていながら、木立にぶつかりもせずに高速で飛び回れるものだ。
風が出てくると、梢の立てるざわめきが強まり、完全にハーピィーの居場所を見失う。優位なのは、当然ながら向こうだった。この森に住むハーピィーは夜行性だと聞いている。遊戯に乗せやすいように相手の得意な時間帯を選んだのだが、これほど差が出るとは思わなかった。
それでも勝たなければならない。いい加減、『独り者』『観測者のいない銃士』などと、職業仲間内で馬鹿にされるのは飽きた。
俺は森を走り、開けた場所に飛び出していった。こっちの方が射線を通しやすい気がする。
相手は森の中にいることがわかっているのだ。こちらに銃を撃たせなければ遊戯は終わらないのだから、距離を詰めてくるのは向こうの役割。あちらの飛び出してきたところを撃ち抜ければいい。こう説明立てれば簡単そうに思えるのだが……。
当然ながら、そんな楽にはいかなかった。落ち葉の舞い上がる音が聞こえてきたのは背後。完全に死角を盗られていたらしい。慌てて振り返ると、夜に色を吸い取られ、真っ黒に染まった落ち葉が迫ってきた。屹立する波のような、重圧を伴う葉に視界を塞がれる。腕で顔を守り、聴覚を頼りながら相手を探った。
右。
腕を伸ばして引き金を引く。銃口の先に術式紋印が現れ、空気の爆ぜる音に続いて氷の弾が飛び出していった。しかし、手応えは無く、耳障りな硬質の音が森に響き渡っただけに終わる。
第一射は、外れ。
「この森の岩達はとっても石頭なの。いくら言霊で言って聞かせても、絶対その場所を動こうとはしないんだから。君のちゃちな弾で砕こうなんて、無理無理」
撃つべき相手は、気怠げに空に弧を描いていた。そして森の中へと滑空していく。俺はそれを、ひたすら目で追った。
翼がはばたく音を頼りに視線を飛ばして、気が付けば、また独り。
だが、彼女の気配だけは感じていた。少し粘りけのある、執拗な視線が身体に絡んでくる。
近くに居る。だったら気配で位置を探れるはずだ。居場所さえわかれば、不意を突ける……かもしれない。
山風になびく梢は、彼女の影を盗る。口笛のような風の歌に乗り、手招きするように大きく、小さく。皆で同じ向きに踊っているのだ。
誘われてはいけない――
惑わされてはいけない――
枝の一本が、振りを間違えた。
そこだ!
すかさず撃ち込む。
氷の弾の砕け散る音が、夜の深みへと吸い込まれていった。
「大きな樹はね、天と地を繋ぐ梯子なんだ。時には神様だって上り下りするぐらい尊いものなの。下手に傷を付けると雲から落ちて死ぬよ?」
「あいにく雲に上る予定はないな。大きな樹は上質な木材だ。それ以外の何物でも無い」
「人間って、いっつもそう」
俺が撃ち込んだ枝から、リュウセイムササビが尻尾を光らせ、威嚇しながら飛び降りていった。
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