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世界中の青を集めて平筆で塗りたくったような、そんな空だった。
陽炎漂うアスファルトの上を、ただひたすら歩く。
右手に液体オイルの一斗缶。左肩にカレーの材料を詰め込んだエコバッグ。背中に通学用のリュックを背負った俺の姿は、見るからにアンバランスだろう。
しかしそんなこと気にしちゃいられない。今日は月に一度のカレーの日で、昼間から仕込まなければ今度こそ茜がむくれて手がつけられなくなる。
見上げれば、視界が真っ白になるほど太陽が輝いていた。
毎日当たり前のように更新していく猛暑日。今日で連続何日めだったか、ふとこの日差しそっくりな女子アナの顔が頭をよぎり、うんざりしてしまった。
最寄りの公園に差し掛かった頃、子どもの甲高いはしゃぎ声が耳に入った。
彼らはきっと、いろんなことに一際鈍くできている。この滾るような暑さだって感じていないだろうし、自分たちの出す声が通りすがりの男子高校生の胸を抉っていることだって知りもしない。だからこそ眩しい。
あんなことがなければ、絢斗もこの夏、彼らと同じようにはしゃぎ回っていただろうか。
その日も俺は、不毛な底無し沼へと足を踏み入れる前に考えるという行為を放棄し、ただ歩くことだけに集中しようとしていた。しかしものの3秒でそれすらも放棄してしまう。もちろんこの暑さにやられたわけじゃない。
眩しい夏の公園には特別異質な存在。
黒川澪の姿を見てしまったからだ。
何してるんだ、あいつ。
彼女は一人、制服姿のまましゃがみ込んでいた。背筋が異様にピンと伸びている。腰まである濡羽色の髪をだらりと下ろし、ただ地面を見ていた。
あの髪は見ているだけで暑い。なのにその横顔は色を忘れた雪みたいに白く、その表情もまたいつも通り、無を通り越して冷たいものだった。
黒川澪はクラスメイトで、すれ違えば十人が十人振り返るような美人だ。
しかしどんな美人でも多少の愛嬌と人間味は必要なもので、それらが皆無だった彼女は、トゲだらけの薔薇の如くいつも1人。同じクラスになって暫くたつが、彼女が笑ったところなど一度も見たことがない。
よって俺は、心の中で彼女のことを「鉄仮面黒川」と呼んでいる。しかしそれも、彼女の事情を鑑みると冗談でも口には出せないあだ名だった。
そんな彼女は現在、広場の外れでひたすら何かを注視していた。地面に這う、何かを。
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