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対魔師
「では、先輩のことについてお聞きしてもよろしいですか?」
そして、この目の前にいる子も対魔師。
その証として襟に証明書とも言える六花の形をしたバッチが付いていた。
「授業始まるから手短に言うけど俺は夢魔には憑かれてないんだ。」
「それは嘘です!そんなに夢魔の気を発しておいてそんなわけがありません!」
はっきりとそう言われた。
通学路の脇道で話しているせいで、通り掛かる生徒達がチラチラと見ている。
俺の事を知っている人は少なからずいるのだから誰か教えてあげてもいいのではと思うが全員が見ないフリをした。
「これには事情があるんだ。
ちょっとでもないかなり重い事情が。」
「どんな事情なんですか!
それほっといたら願望を魂ごと食べられるかもしれないんですよ。」
事情に勢いよく踏み込んでくる。
どうしたものか。
俺の事を言えば引き下がってくれはするだろうがあまり言って気持ちの良いものではない。
ならばと、俺は走って逃げた。
「あっ!ちょっと!!」
走りながら後方を振り返るとその子は後を追って来ている。
普通は良心を傷つけられほっといてくれるのだが違った。
そのまま学校の校門をくぐり下駄箱で外靴から上履きへと履き替え走る。
全力で階段を登るが同じ速さの足音が聞こえてきた。
勢いで俺は屋上という逃げ場の無いところに逃げ込んでしまう。
「どうして逃げるんですか。」
ここまで来てしまったら言ってしまった方がいいかもしれない。
それに、通学路みたいに他に人がいない。
一呼吸を入れ口を開こうとした。
しかし……。
「わかりました。もういいです!」
俺が待ちに待った言葉をついに言ってくれた。やっと諦めてくれた。
「今夜、先輩の家に行きます。」
「………えっ」
言葉に詰まる。
天国から地獄に突き落とされるとはこういう事かと初めて思った。
それは、今夜イチャイチャしようとかそういう誘いではない事くらいはわかる。
この子が相手しようとしているのは夢魔。
夢の中で出てくる悪魔なのだ。
だから、憑かれている人が眠っていなければ夢魔と対峙することができない。
つまり、この女の子は憑かれているだろう俺の、男の家にお邪魔しようとしている。
「いや、だから俺は憑かれてないんだってば!」
しかし、前提として俺は憑かれてない。
憑かれていない事の証明として夢の中に招き入れるのは可能だがあまり俺の意識に干渉して欲しくなかった。
「ソイツの言ってる事は本当だよ。」
楽しそうに弾み、耳元で響く声。
その声を聞き、扉を閉めようと駆け寄るが遅かった。
俺の学校生活を灰色に染め上げた奴が扉を開け、屋上に現れた。
“神道 快斗”、見た目は優男風だが、俺の事情を学校の人達に言いふらした奴だ。
「快斗。俺に何かようか?」
もう慣れてしまったからだろうか。
そんなやつだが普通に話しかけることができた。
「いやね、親友が女子を屋上に連れ込んだなんて聞いたら駆けつけるしかないでしょ。」
「違う。俺はストーキングされた方だ。」
「違います!」
女の子は顔を赤らめてすぐさま否定する。
自分の潔白を晴らそうと言い訳をしているがそれを快斗はニヤニヤとした顔で聞いていた。
「なんだ、夜宮。この子に教えて上げてないのか?言えば終わる話じゃないか。
それとも、追いかけられるのが楽しくて言い出せなかったとか?」
「否定はしない。」
それを聞き、快斗は声を上げ爆笑する。
この受け答えが正解かはわからない。
だが、どの道こいつは否定したところでどうやっても調子に乗り、最後は笑い飛ばす。
だが、実際可愛い女の子に追いかけられるのは楽しかった。……少しだけ。
「えーと、君なんて名前?」
笑うのを堪えながらその子の名前を聞く。
悪意に満ちる快斗の目。
こいつの頭の中では俺の事情を話した時この子がどういう反応をするかで一杯なのだ。
「私は “結月レイ” と言います。」
自分の名前を告げ、お辞儀をする。
以外と礼儀正しいかった。
「じゃあ、レイちゃん。夜宮がなんで夢魔の気を発してるか特別に教えちゃう。」
軽やかにスキップし、指を鳴らす。
心から高揚を感じてるのか今にも吹き出しそうに体はヒクヒクと動いている。
「半魔って聞いた事ないかい?
夢魔と人間の間にできる子の事を。」
「はい!それはもちろん!
対魔師の資格を取る際に教えられました。」
「そうなんだ。実際に見た事はある?」
「いえ、まだありません。
大変希少な存在だとお聞きしました。」
海斗の顔は更に邪気を放ちそうな程歪んだ笑みを浮かべた。自分が描く理想の瞬間。
それが目の前で体現される瞬間がもうすぐやってくる。
「そうなんだよ。世界でも片手に収まるほどしか例がない希少な存在。
夢魔なんていう存在に誘惑され、股を開く残念な女から生まれる子供。」
快斗の理想へのゴールテープに指が掛かる。
俺はその言いかける言葉を遮りたい。
この場から逃げ出したくてたまらなかった。
だが、爪を立て拳を握り、痛みで自分を制する。
それをやれば快斗の思う壺だ。
快斗の快楽には付き合うつもりはない。
そして、快斗はゴールテープを落とす。
「なんと、それがこの人!夜宮君です!」
まるで大目玉の商品を紹介するように快斗は大袈裟に言い放ち爆笑する。
その間、結月はポカンとした顔をしていた。
「あれ、僕の言ったこと信じられない?」
思っていた反応が結月から見られい。
快斗は一度笑うのを止めた。
「信じられないけど本当なんだ。
色々知りたい事があるんじゃない。例えば半魔でなんで人の姿をしてるんですかとかさ!」
結月はポカンとした顔から青ざめていく。
そして、アタフタとし始めた。
「怖いだろ!怖いでしょ!
こんなのがいるなんてさぁぁぁあ!!!」
「ごめんなさい!!」
屋上に鳴り響いた結月の声。
それは快斗の声を一掃し、一瞬で静寂へと変える。快斗も俺もポカンとしてしまう。
「そうとは知らず申し訳ありません!」
二度目の謝罪の言葉。
ダメ押しと言うべき謝罪の言葉。
快斗は何が起きたのか理解できない買った表情をし、屋上から去っていった。
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