プロローグ◇鳩と鷹のご紹介

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プロローグ◇鳩と鷹のご紹介

――これは、私、外鳩(とばと)(かなで)が書く大橋探偵事務所の日誌です。  毎朝、九時。は早いな、という所長の一声で十時始業になっている探偵事務所は、そのとおりゆるーく営業中。  浅草のとある街角。四階建てのビルが、私――私たち、の職場だ。  私は三階に住んでいます。所長、お金だけはあるのか、このビル自体が彼のものなんですよ。信じらんないよね。生計どうなってんだよ。  っと、いけない、言葉が汚くなってしまった。改めて。  朝の十時ちょうど、二階にある事務所の鍵をあけて入れば、すでに一人、出勤していた。 「あ、おはようございます! 奏センパイ!」 「ええ、おはよ……あ」  ドアを閉める私の目に入ったのは、黒い物体。ツカツカと半ば早足で近づくと、ソレを思い切り掴んで持ち上げた。 「亜澄(あずみ)くん、またこんなところにカバンを置きっぱなしにして!」  来客用のテーブルの上に、ポンと置かれた黒い小さなショルダーバッグ。よくもわるくも、いつものこと。 「あー、ごめんなさい!」  あははー、とヘラヘラ笑いながらパソコンの向こうからひょこっと顔を出したのが、亜澄くんこと内鷹(うちたか)亜澄(あずみ)。  私たちは、大橋探偵事務所の社員。……ううん、所員というべきかな。どちらでもいいか。 「謝るくらいなら、ちゃんと自分のところにしまいなさい。ほら」 「ちょっと待ってください、今、メール打ってるんで!」 「メールってどこに? 所長ならあと二時間は来ないわよ」 「重役出勤ってやつですよねー、ってかちがくて」  そう言いながらも、キーボードをたたく。亜澄くんはブラインドタッチができるみたいね。私より早い。  ま、まぁ、字の綺麗さでは私が勝ってるから気にしたことないけれど。 「明日来る予定のお客さんです。持ってきてほしいもののリストを送っておこうと思って」 「明日……ああ、津島さんね」  わが探偵事務所の所長は、大橋(おおはし)辰尚(たつひさ)という男性。私からしたらもういいオジサンなんだけど、亜澄くんからしたらまだ“お兄さん”らしい。  津島さんというのは、依頼者の名前。とはいっても、明日初めてくるお客さんだから依頼内容の詳細はまだ分からない。 「カテゴリーはなんだったかしら」 「調査ですね、警察じゃ相手にしてもらえなかったみたいです」 「……最近多いわよね、そういうの」 「相手にしてもらえないってことなので素行調査かなんかですかねー。良かったですね!」 「何が?」 「奏センパイ、素行調査はお金になるって前に言ってたから」  それはそうだけども。 「そういうのは、心の中で言いなさいよ。口に出さないで」 「なんでですか?」 「そこの廊下に誰か立ってて聞かれでもしたらどうするの? 評判に影響するでしょ」 「評判ってあるんですか? この探偵事務所に」 「……あるわよ。あるから依頼者が来るんでしょ、バカなこと言わないで」  きっと、大橋所長は評判なんて気にしない。だから亜澄くんもこう言うのだろうけど、私は違う。  評判はおおいに気にする。たとえ所長がとんでもなくぐうたらで、こうやって仕事は主に私たち部下がやっているといっても、よその人は評判を判断材料とする。  だから、評判を上げることはあっても下げることはしてはいけない。はずなのよ。 「……はずなのよね」 「? あ、メール送信終わったんで、カバン引き取りまーす」 「さっさとしなさいよね!」  まったく、と続けながらカバンを彼へ向かって放り投げる。  まるで財布しか入ってないような身軽なカバンだわ。私のより何倍も軽い。 「よっ、と。さて、あとは問い合わせのメールにお返事をー、っと」  椅子の背もたれにショルダーバッグをひっかけると、また座ってカタカタとうちはじめる。 「……今日の予定は、と」  私も自分のデスクにカバンを置くと、ホワイトボードの近くに行く。  そこには一週間分の予定表が書かれている。 「亜澄くんは午後、出かけるのね」 「はい! 所長に頼まれたおつかいってやつです」 「期限までに出さないから自分で持ってくハメになるのよ……」  はぁ、とため息をつく。  亜澄くんは、大橋さんに頼まれて書類を浅草警察署へ届けに行くことになっている。 「ついでに、やることあります? オレ、所長にいろいろ頼まれてて」 「何を頼まれてるの?」 「営業でっす!」  聞くだけ無駄だった。  というのは彼のために撤回するとして、亜澄くんは私と違ってフレンドリーで明るい性格だから、営業には向いている。しゃべっていても苦にならないタイプというか。 「そう。じゃあ営業がんばって」 「了解です。買い物は大丈夫ですか?」 「ええ。今のところ……、いえ、待って。確認するわ」  主に来客対応は私がしている。だからコーヒーや紅茶のパックが切れていないか、砂糖やミルクはあるかどうか、お菓子はあったかどうか――を確認する。 「……コーヒーがそろそろなくなりそう。この青いパッケージの買ってきてくれる?」 「青いパッケージのですね、分かりました! あとでもういっかい確かめときます」 「そうして」  パタン、とキッチンの棚のドアをしめる。  毎朝、こんなかんじで一日がはじまる。  ああ、亜澄くんも私と同じく三階に住んでいるの。このビルは四階建てで最上階はもちろん所長。だから、昼になっても大橋所長が降りてこなければ私が突撃してもいいことになってる。  ちなみに、一階はレストラン兼バーになっているのだけど、それについてはまた別の機会に。 「――あと二時間ほどね」 「どうしたんですか?」 「起こす方法を考えてたのよ」 「昨日はフライパンにお玉でしたっけ」 「そう。今日は……目覚まし時計のボリュームを最大にして耳元に当てるのとか良さそうよね」 「あんまりやりすぎると、あとが面倒っすよ」 「平気よ。それなりに配慮するから」  なにせ、所長は還暦手前の“オジサン”だもの。 【プロローグ 終わり】
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