第二話◇お母さんの大事な子

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第二話◇お母さんの大事な子

第二話/一. ――二〇一九年六月十八日(月) ===========  ウェデングプランナー事件……というと全国のその職業で生きている人を敵に回しそうなので、改めて。  とある女性のストレス発散事件を無事に解決までもっていってから数週間。  結婚式はどうなったか?  あのゴタゴタがあったから、延期になってしまったけど、九月に挙式するらしい。お礼の手紙は大事にとってある。 「あっつー」  半袖のシャツ姿な私と亜澄くんは、パタパタと道端で配られてるうちわであおぐ。  扇風機のガーという機械的な音は風鈴並みに聞き飽きた。 「そうねえ。もうだいぶ暑くなってきたわねぇ」 「奏センパイ、中高の夏服っていつからでした?」 「六月だけど」 「じゃあもうクーラーつけてよくないっすか!?」 「ダメ。窓開けてれば涼しいでしょ。扇風機もあるし」 「ちぇっ……」  あと少しで七月になるとはいえ、今はまだクーラーは耐える。扇風機もあるし。このくらいで弱ってたら八月なんてどうするの。クーラーあっても死んじゃうでしょ。 「センパイ、扇風機はクーラーの風を循環させるのn」 「はい無視無視無視ーー」  ここまで読んで気付いたことある?  そう、今日も今日とて所長は重役出勤。お昼近いんですけど。 「でも」 「まだあるの?」 「パソコンは熱に弱いんすよ」  キリッ、とした顔でいう亜澄くんの頬に汗が光る。  え、そんなに暑い? 半袖なのに?  私は汗かいてないけども。 「……それは一理あるわね」 「でしょ? もし熱で壊れちゃったら大変ですよ!」 「……でもねえ」 「なんっすか」 「そのパソコン古いから、いっそ壊して新しいのを買うっていうのはどう?」  ひらめいた。  所長はお金はあるくせに備品とかにはケチケチしてるから、これを機に最新のものにしたい。 「センパァイ。ずっるー」  そういう亜澄くんもめちゃくちゃ悪い笑顔。 「今どきモニターがボックス型で、私が知りうる限り一番古いバージョンなんて信じられる?」 「ドラマでしか見ないっす」 「もはやドラマでも見ないわよ。亜澄くんが見たのはなんのドラマなの」 「古い事件を調べる海外ドラマっす!」 「日本のドラマじゃないのね」  てっきり再放送されてるなんかで見たのかと思ったけど、まさかの答えだった。  海外ドラマかぁ。私は深夜放送でたまに見るくらいだなぁ。 「……亜澄くんってノートパソコン持ってたっけ?」 「はい! それで配信サービス使って見てるんですけど面白いっすよ」 「その話はまた今度にしてもらうとして、それ、ここに持ってきてくれない?」 「いいっすけど、何するんですか?」 「バックアップ。全部手打ち入力してもらう」 「地獄……」 「ネットでクラウドサービス使ってもいいけど、どう頑張っても容量が足りないでしょ。だからまあ……三年分くらい?」  最低五年分のうちの。 「文書データが何メガもあるわけないっすよ」 「フォルダがごちゃごちゃだから、ついでに整理もしてほしいなー」 「センパイ? 俺が全部やる流れになってません?」 「そうだよ。暇でしょ」 「依頼があればしなくてすむんすね?」 「だからってどこかから無理やり持ってくるのはやめなさいよ」  私だってしろと言われたら嫌に決まってるけど、亜澄くんは本当にやりたくなさそう。  ……仕方ない。クラウドサービス、有料でも大容量なのを見つけてそこにバックアップとろうかな。  そうしたら心置きなくぶっこわせ……壊せるもの。  そんな時にジリリリンと鳴り響く電話。  すぐさま亜澄くんが飛びつくように受話器を取る。 「はい、大橋探偵事務所です!」  いつもの明るい声で元気よく挨拶をする。  大方、問い合わせの電話だろう。依頼料はいくらなのか、とか、どういった案件に対応できるのか、とか。  ……え、探偵事務所のホームページ?  ないない。さっきも言ったとおり、ケチな所長がレンタルサーバー費出してくれると思う?  私たちの給料を最優先してるのもあってか、削れるところは削るっていうんで、本当に最低限の経費で動いてるの。  車は……あるにはあるし、私も亜澄くんも免許はあるけど、所長の車だから運転も所長がすることが多い。だから私たち部下の移動手段は徒歩か公共交通機関ってわけ。 「……いやでも修繕費とか経費になってるしやっぱ使わせてくれてもいいよね」  そんな愚痴をこぼしつつ、さて、とマニュアルを開く。せっかくだしこれも作り直したい。所長が作ったから死ぬほどダサいんだよね……。  読めればいいかと思ってほったらかしてるけどこの際だしさ。 「少々お待ちください」  話を聞いていた亜澄くんが保留ボタンを押して、古いパソコンをどう壊そうか考えている私に声をかける。 「奏センパイ。相談のお電話です」 「相談なら亜澄くんでもできるでしょ」 「いえ、なんか、様子がちがくて」 「……どういうこと?」 「声が子どもなんです」  私は、開いていたマニュアルをパタリ、と閉じた。 「分かった。私の代わりにそろそろ所長を起こしてきて。……もし一緒に寝てたら二人とも手足縛るから」 「お、起こしてきます!」  私の脅しに半分ビビりながらうなずいた亜澄くんは、鍵を持って部屋を出ていく。 「さてと」  何を言われるのかと思いながら、ぽちりと外線ボタンを押した。 「お待たせしました、お電話変わりました。外鳩と申します」 『あ、あの! 俺、さっきの人にも言ったんだけど、助けてほしくて』  本当だ、声が……子どものようだ。何歳かは分からないけれど、しっかりした言い方だから小学生か中学生かな? 少年っぽい。 「はい、どのような内容か、教えてもらえますか?」 『隣のおうち、すごくて』 「……お隣りさんですか?」  そのワードでピンとくる。騒音トラブルかなこれは。 『そう。怒った声が毎日聞こえてきてて、これ、虐待なのかも、って』 「……でしたら、警察に電話してみてください」 『お母さんが、警察はやめろって』 「あら。なぜかしら」 『分からない。でも、そこまでやるのは、って言われた』  ということは、子どもからしたらすごく怖いけど、大人からしたらそうでもないのかしら。 「うーんと、もう少し詳しく教えてほしいのですが。怒った声って、どんなことを言ってますか?」 『えっとね……、“ママのいう通りにしないから成績が悪いのよ”、とか、“勉強しないなら夕飯は抜き、今日は徹夜でやりなさい”とか』  いや……それもう通報案件でしょうが。  なのに、この電話の子の親は避けてるのね。通報したのが自分だとバレたくないから……とか? 「じゃあ、お姉さんが警察に言うわ。あなたから聞いたってことは伏せておく。それならいい?」 『たぶん、大丈夫』 「良かった。でも、警察に通報する前に、そのお隣さんのことをちょっとでも知っておく必要があるの」  さすがに何も知らない状態で通報するというのは難しい。たまたま通りかかって、としようにも、もし一軒家じゃなかったら外まで聞こえないかもしれない。アパートやマンションの上階だと特に。  聞こえないのに聞こえたと言いはるのも、まぁハッタリなら得意なんだけれど、これは真面目な話だから。誰かを追い詰めるためにやることではないもの。  このまま話続けてもいいけど、電話は発信者にお金がかかるようになっている。ウチの電話はフリーダイヤルでもないから、そろそろ切り上げておかないと。 「あなたとお話できる?」 『どこかで会うってこと?』 「できれば。お家の近くの公園とか」 『……会えるよ。公園にしよ』 「わかりました。あなたの名前と住所、よければ電話番号も教えてください」 『はい。名前は、ひらのやまと』 「ひらのやまとさん。……漢字はどう書くか、説明できるかな?」 『うん。たいらなのはらに、ええと、戦艦の大和』 「分かりやすいわ、ありがとう」  平野大和くん、というのね。 「住所は?」 『足立区□△北四丁目三〇―五―三〇一。電話番号も言えるよ』 「はい、お願いします」 『〇三―三△□二―六八△△』 「ありがとう。繰り返すから、もし間違っていたら教えて下さい。 お名前は平野大和さん、住所は足立区□△北四丁目三〇―五―三〇一、電話番号は〇三―三△□二―六八△△。あってますか?」 『うん』 「待ち合わせをする公園はどこにしますか?」 『近所に、やすらぎ公園ってところがあるから、そこで』 「分かりました。場所はこっちで調べるから大丈夫よ。それじゃあ、えーと……明日はどう?」 『いいよ。えっと……名前、なんだったっけ』 「外鳩。トバトカナデといいます」 『トバトさん、覚えた。明日、俺、ブランコのところにいるから。夕方、四時くらい』 「わかりました。それでは、明日また」 『うん!』  とりあえず細かい話を聞く約束ができた。子ども相手なら依頼料とか取れないし……ま、話聞いて通報するくらいならお金もいらないだろうし、いいかな。 『……まとー……』 「……あれ? 電話切ってないんだ」  こっちから切るか、と思ったときに聞こえてきたのは女性の声。 『大和、何してるの……』  そしてプツリ、と音が途切れる。 「……お母さんに内緒で電話してきたのねぇ」  カチャン。受話器をおろしながらつぶやく。  ……子どもがどうしてウチのこと知ってるのかしら。 「所長にも報告しないと」  ぱっ、と顔を上げる。電話自体はそんなに時間かかってないはずだけど、まだ亜澄くんと所長は降りてきていない。  降りてくる気配もない。 「……しょうがないなぁ、もう」  手足縛るしかないな。
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