第二話◇お母さんの大事な子

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第二話/二. 「なるほど、子どもねぇ」 「名前とかは聞いておきました」 「うん、それは分かったから、これほどいてくれない?」 「あと五分はダメです」  手は自由にさせた代わりに、足を縛られた所長と亜澄くんはおとなしく椅子に座っている。  机の上には平野くんに聞いたことをまとめたメモがある。それを三人で囲む形になっていた。 「四階から二階までぴょんぴょんバネのように跳ねて動くの結構大変だったんだけど」 「そうっすよぉ、センパイ!」 「起こしに行った亜澄くんも一緒になって寝てたからです。そんなに寝不足なの?」 「いや、所長が気持ち良さそうに寝るからつられて……」 「あー、私のせいなのか。まあ分からなくはないな」  いやいや分からないって。という、心の中のツッコミをいつものようにしつつ、私はふぅとため息をついた。 「それより、どうします? 結構、真剣な様子でしたよ」 「だがなぁ、それが本当だとしても、探偵事務所の私たちは何もできないだろう」 「いつもみたいに、水秦さんにこっそり根を回してもらえる、なんてことしてくれません?」 「これをほどいてくれるならしよう」 「本当にプライドがないんですね」  むしろちょろい、というべきか。交渉の材料をしっかり手元に残しておく、のは、大事だろう。 「……亜澄くんは? 働く気、あるわね?」 「もちろんっす! その、平野さんところに行くときもついていきます!」 「言質(げんち)とった。じゃ、ほどいてあげる」  私は亜澄くんと所長のロープを解くため立ち上がる。  ロープっていっても、紙ゴミを縛るときに使うようなものだし、そんなに固く結んでるわけでもない。  けど、蝶結びだとすぐほどかれるから、それなりにキツめにはしていた。 「はい、これで自由の身」 「あー、やっと解放されたぁ」 「早速水秦に電話するか」  男二人、本当に操りやすいな。 「所長、平野さんとは明日会うことになってますから今日のうちにうまいこと調整してくださいね」 「児相の職員が捕まるかどうか聞いておこう。急だし難しいかもしれないがな」 「はい」  所長は早速自分のデスクに戻り電話を手に取る。 「あ、もしもし。水秦か? 大橋だ。ちょっと相談したいことがある」 「奏センパイ」 「ん?」  所長の電話の邪魔をしないように、亜澄くんがこそっと耳打ちしてくる。 「水秦さんって、署長さんですよね。大橋所長とは知り合いだって前に聞きましたけど」 「そうよ。所長は自由に仕事がしたくて刑事をやめて探偵事務所を開いたらしいわ。水秦さんとはもちつもたれつってやつ。情報を流したり仕事をもらったりね」  浮気調査はたぶんどこもやってると思うんだけど、わが探偵事務所は人間相手の依頼ばかりではない。猫、犬の他にヘビを探したことあったな。あとヤギも。  なんで? なんでそれ逃げるの? みたいな動物たちもそうだし、詐欺に合ったから捕まえるのに協力してほしいなんてことも言われたことがあった。さすがに詐欺の件は警察にお任せしたけど。 「センパイは、今回の件、大事になると思ってますか?」 「そうねえ。最初は、騒音の相談かなと思ったんだけど……お話を聞いてあとは水秦さんにお任せすればいいと思うのよね。だから一日で終わると思うわ」 「そうですか……。オレ、児童相談所はちょっと心配です」 「そうなの? どうして?」 「前、ニュースで知りました。本当は虐待なんてしてないのに、そう判断されて親子が引き離されたって。そうなったら、オレ……」  あらら、しょんぼりしちゃった。  勝手にやってもいいのか、という思いがあるのかしら。平野さん……いや、もう大和くんと言おう。大和くんのお母さんみたいに。 「……亜澄くん。そうはいっても、本当の本当に虐待だったらとうするの?」 「嫌です」 「でしょう。私たちにはチャンスが与えられたの。大和くん、と呼ぶけれど、あの子の心配を解決するチャンスと、お隣さんを助けるチャンス。何もなかったらなかったでいいじゃない。私たちは確かめる必要があるのよ。それが、子どもに相談された大人の役目じゃないかな」  ね、というと、ようやく納得してくれたのか、コクリと一度うなずいた。  らしいこと、を言うのは得意だ。といいながら、結構、本心から思っていることだったりする。 「取り越し苦労なら、大和くんに説明してあげましょ。本当だったらやっぱり何とかしないと」 「そうですね。……あの電話のとき、ちゃんと相手しなかったの、恨まれてるかな」 「それはないわよ」 「その根拠は?」 「私がちゃんと話を聞いたから」 「……確かに」  なんとなく、2人でクックッと声を殺して笑い出す。所長は電話のはずだから邪魔をしないように。  だが、すぐにチン、と受話器を置く音が聞こえた。 「奏、話は通した。明日、職員は来れないそうだが、もし虐待だったら対応するという約束を取り付けたぞ」 「ありがとうございます、所長」 「さて、明日依頼人のところに行く前に。出来る限り情報収集しておくか」 「了解です」  まずは、地図の確認。教えてもらった住所を地図帳で見る。  亜澄くんはインターネットの地図を見たようで、あ、と声をもらした。 「やすらぎ公園。あります」 「マンションで公園も近くとなると、ママ友がいるんじゃないか?」 「それだったらママ友さんが教えてくれても良さそう」 「むしろそのほうがスムーズだったりするっすかね?」 「だが実際にはない」  私と亜澄くんは所長を見る。珍しく、彼の顔は真剣だった。いつもそうじゃない、というわけでもないけど。 「となれば、件の人にはいないのかもしれないな」 「友達が?」 「もしくは、相談できる人が」
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