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第二話/三.
――二〇一九年六月十九日(火)
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夕方の四時前。私たちは3人そろって車の中にいた。
「所長、暑いのは分かりますけどこっちにも風ください」
ガコン、とファンの向きを変える。
「奏はじゅうぶん涼しいだろ」
そう言うと、またガコンと元に戻した。
「オレは暑いっす、センパイ」
「ほら。亜澄くんが暑がってますから」
助手席と運転席の間にあるファンの向きを正面に変える。これなら中間だし亜澄くんも涼しくなるはず。
「渋滞するかと思ってたけど、意外と空いてたな」
「やっぱりコンビニ寄れば良かったですね」
公園の近くは危ないだろうということで、コインパーキングに来たはいいものの早すぎたため、あーだこーだ話をして時間を潰している。
「にしても、例のお隣さんの名前を聞いていなかったのは失敗だな」
「通報の時点で知ってたら怖いじゃないですか」
「そっすよ。それに、聞いてたら電話切られてたかも」
「ありえるわね。とにかく今日は怖がらせないように配慮しつつ話を……所長、五分前です。そろそろ行きましょう」
見れば、カーナビに表示されている時間が三時五十五分だ。
「あの子……来てくれるかなあ?」
「きっと来るわよ。さ、準備準備」
カバンを持って車を降りるとバン、と音を立てて扉をしめる。
鍵をしめ、三人で公園に向かうと植木越しに数人の子どもたちが遊んでいる姿が見えた。
はしゃぐ声を聞くと、元気な子どもたちがいて何よりだと思うようになった。もうおばあさんだ。まだ二十五なんですけど。
「えーと……あの子たちかな?」
「二人いますね」
ブランコに、男の子が二人並んで座って話をしている。
三人で正面からゆっくり近づく。左側の子と目が合った。
「こんにちは、大橋探偵事務所のトバトです」
なるべく大きな声で挨拶すると、左側の子がブランコから飛び降りるようにして地面に立った。
黒髪の短髪で、身長もほどほど、学校でモテそうなルックスだ。目はクリッとしているけれど、顔つきは大人びている。
「平野です。平野大和」
「会えて良かった」
「そっちの人たちは?」
「紹介するわね。私の上司、大橋守所長と、後輩の内鷹亜澄くん」
「オオハシだ。よろしくな」
「内鷹亜澄です。亜澄、でいいよ」
「こんにちは」
ペコリと大和くんが頭を下げる。
そして、右手でおいで、というようにちょいちょいと上下にふる。
もう片方のブランコに乗っていた男の子が、それを合図に降りると大和くんの隣に並んだ。
「お隣さんで三〇二に住んでる、楢山煌星。俺たちは同じ小学校で、今十一。小学六年生です」
「ナラヤマコウセイさん。よろしくね」
「…………はい」
大和くんの後ろに隠れるようにしながらも、小さくうなずいた。
大和くんとは違って線が細いというか……そう、華奢な印象。かわいらしい、というような、そんな雰囲気。
「それで、大和くん……は、大声を聞いたのよね」
「そう。煌星のお母さん、教育熱心なんだ。な」
「うん……。……毎日、決まった時間までに宿題をやって、塾の課題も全部やらないといけない。じゃないと、ご飯抜きになることもある」
「だから、煌星を助けてやって。お願い」
「……うう〜ん」
むむ、と私は考え込んでしまった。
今の話だと、怒る声は聞いても、煌星くんが泣く声は聞いたことがないということになるかもしれない。あと少し、決定的な証拠が欲しいな。
「助けることになると、お母さん、コウセイくんとは離れ離れになっちゃうかもよ? お父さんとも」
「……パパとも?」
「うん。所長、ですよね」
「そうだなあ。児相……児童相談所が君を保護するということになったら、家じゃない場所に行くことになるだろうから」
「それは……それは嫌です」
「ええー……」
「パパとは離れたくない。パパは好きだから」
つまりお母さんは嫌いということね。
泣くのを我慢してるのかな。小学六年生といえば、中学生の手前。大人になれたような気持ちがする頃。
「お母さんが厳しい理由は分かるの?」
「僕の成績が悪いからだと思う」
「そんなことない。煌星は、学校じゃ一番なんだぜ。満点ばっかり。どんな科目も」
「あら、なのに厳しいの?」
「……塾での成績が、悪いから。中学受験、する予定なのに、下から数えたほうが早くて」
「俺は、塾は頭のいい奴らが多いから、その中だと上にあがるのが難しいって理解できる、って言ったんだけど」
「ママはそうは思ってないよ。だから毎晩怒られてるんだ」
寂しげな目をするコウセイくん。
どうしたもんかな。
成績が悪いから怒ってるんじゃない気がするのよね。中学受験をする予定っていってるし、過去のために怒ってるんじゃなくて未来のために怒ってるような……そんなところじゃないかな、と。
「所長、どうします?」
「……家庭教師作戦だ」
「え?」
「亜澄は平野くん。奏はナラヤマくんのお家に家庭教師だって言って行ってこい」
「は!?」
唐突な案に、私と亜澄くんは揃って声を上げる。
「新しく家庭教師派遣会社ができて、そのオープニングキャンペーンで一日だけお邪魔するっていうことにしちまえばいい。もちろんお代はもらわない、無料だ。その時に家庭の状況を探れ」
「それって身分を偽って家に入るってことですよね。さすがに法にふれるのでは……」
「話を聞くだけだ。そんなに心配なら、知人の家庭教師派遣会社に登録しろ。そこからってことにすればいい。コネならある」
いつもはありがたがるものだけど、今回ばかりは、ちょっと。
しかもなんで私がコウセイくん担当なのか。
「……話すだけ、っすよね?」
「そうだ」
「まともに行ったところで話が聞けるとは限らないっすから……センパイ」
「…………分かった。分かったわ、でもこの子達がオーケーしないとダメですよ」
「もちろんだ」
「うーんと、大和くん、コウセイくん。今週のどこかで、私はコウセイくんの家に、亜澄くんは大和くんのお家に行きたいんどけど、いい?」
「俺はいいよ。煌星は?」
「分からない……、でも、その、家庭教師としてなら、いいかも」
「そうね……。所長。公園で一緒に遊んだら話がはずんでついでに勉強も見ることになった、っていう設定はどうでしょう?」
「オープニングキャンペーンよりごまかす必要がないっすね、本当のことだから」
遊んでいる、かは別にして一緒にいるのは本当だから。
「二人はいいのか?」
「うん! 母さんに言ってみる」
「僕も話してみる」
「もしダメだったらまた公園で話しましょ。日曜日はどう?」
「俺は家にいるよ」
「僕も。塾は土曜日だから」
「なら、日曜日にしましょう。朝からだと大変だろうから、午後の2時くらいにお邪魔するわ」
「うん、分かった」
「分かりました」
水秦さんに電話をするのは、もうちょっと待ってもらわないといけない。
あ、そうだ。
「ねえ、大和くん」
「ん?」
「どうして、うちの大橋探偵事務所の電話番号、分かったの?」
「お母さんがパソコンで調べてた」
「……探偵事務所を?」
「うん。大橋探偵事務所の口コミ、良かったから」
「口コミ???」
待ってそんなのあるの?
あ、そうか、勝手に評価システムが作られてるのね。でも評判はいいのか。良かった、ちょっと安心。
「そう。電話に出てくれる男の人と、女の人、いつも丁寧で親切だって。アズミさんと、トバトさんのことでしょ?」
「……私たちね」
「所長はまず電話でないっすからね」
「おいおい、私だってちゃんと答えてるぞ!」
「この前も解決してたでしょ。書いてあったよ」
「なんて?」
「俺メモしてる! ちょっと待って」
そう言って大和くんがポケットから紙を取り出した。今日私たちに会うから準備していたのかな。なんていい子なんだ……。
「んーとね。優秀な三人の探偵さんのおかげで以前の平和な生活が取り戻せて結婚式も無事にできそうです、って」
内容からして、津島さんと三佐東さんだろうか。いつの間にそんな口コミを……。正直いってめーーっちゃくちゃありがたい。帰ったら2人の依頼時の資料を拝んどこう。
「煌星の家のことも、解決してあげて」
「……そのためにも、次は日曜日ね」
「うん」
「あ、ちょい待って。これ、2人に」
「それは?」
「さっき話した家庭教師の派遣会社の名刺。受付に置いてあって、誰でも持っていけるようになってる」
所長は聞いた私に答えると、子どもの目線に合わせるように少しだけしゃがんだ。
「これを見せて、ウチタカとトバトが互いの家に来るんだって言ってくれ」
「分かった!」
「はい」
「よし、今日は終いだ。帰っていいぞ」
「はい、ありがとうございました」
「またなー!」
じゃあね、と手を降ると2人並んで仲良くマンションの方へと向かい、入っていく。
「あの子たち、仲がいいんですね」
「そうねえ」
うなずいて、ふと上を見る。洗濯物が各階のベランダで風にゆられていた。
「……ねえ。このマンション、ワンフロアに三部屋あるの?」
「ベランダだけ見たら、そうなるかと」
「それなら、三〇一の大和くんが聞いてるってことは、三〇三の人も聞いてるはずじゃない?」
「……その住人から証言がもらえれば、心強いな」
「下の階の人も聞いてるかも。結構響くのよ、上の階の物音」
私の言い方があまりにもリアルだったからか、所長が申し訳なさそうな目で私を見る。
「奏、それは私のことかな?」
「え? いやいや、違いますよ。一人暮らししたことがあって、その経験談です。所長はもちろん、亜澄くんも特に気になることはなにもないですから」
「そう? それなら良かった」
むしろ音が漏れるようなことをしているのか。
気になるけど、そっとしておこう。
「日曜日、お隣さんにも行けそうだったら行ってみます」
「そうしてくれ。大和くんの方は何か教えてくれるかもしれない。亜澄、一応聞くように」
「了解です!」
そういうわけで、日曜日は一日家庭教師。……の、ふりをして、子どもたちから話を聞き出すことに。
うまくいくといいんだけど。
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