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第三話◇逆転する立場
第三話/一.
――二〇一九年九月十二日(木)
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「奏センパイ、お手紙きてますよ」
「私宛に?」
お昼休憩が終わり、特に来客の用事もないため私と亜澄くんはのんびりとした午後を過ごしていた。
夏も終わり、秋になるという頃。私はこの季節が一番好きだ。暑すぎず、寒すぎない。
そして、郵便物チェックをした亜澄くんが私に封筒を差し出してきたのがさっき。
……私に手紙送るような人は家族以外に心当たりはないのだけど……別に電話でもいいし、事務所宛に送ることもないはず。
「差出人は?」
「えーと、なんて読むんだろう……しらとり、さん……ですかね」
「うげ……」
「……その顔はなんすか?」
「あー、別に、何でもないの。もらうわ」
封筒を受け取り、くるりと後ろを見ると、白鳥雪美という名前があった。舜くんの婚約者だ。
「全く、なんで事務所に送ってくるのよ」
「誰なんすか?」
「……幼なじみの婚約者」
「へえ! じゃあ結婚式の招待状とかっすかね」
「それは前にもらってるの」
返事出してないけど。
いつ挙式だったっけな……。さすがにもう引き伸ばせないかも。
「なら、なんでっすかね」
不思議そうに首をかしげる亜澄くん。私が出欠の返事を出していないこと、その理由を知るはずもない。
けれど、言う気にもなれなくて、こっそりウーンと眉をしかめる。
確か十一月だった気がするのよね。挙式。もうそろそろ本当にマズいか。……来週か再来週には出すから、もう少し悩ませてほしい。
女々しいと思われても仕方ないけど、私はずっと好きなんだもん。知らない間に婚約すると思うわけないじゃない。これでも連絡は取り合ってたんだし……。
「気が重い……」
「幼なじみかぁ。オレにはいないからどんなかんじなのか、わからないなー」
「大和くんと煌星くんのような、って言ったらわかる?」
「ああ、分かりやすいっす」
「あの子達は親友でもあるけどね」
「なのに気が重いんすか?」
「…………もういいじゃない。亜澄くんには関係ないでしょ」
これ以上痛いところをつかれたくない。話題をそらさないと。
「所長が帰ってくるのは何時頃だったかしら」
「三時までには、と聞いてます。野暮用って言ってましたけど、どこ行ったんすかね?」
「さあ。情報の仕入れにでもいってるんじゃない?」
「どうせどっかでタバコふかしてんすよ」
「それが大事なのよ。それに、依頼がないと私達の仕事は成り立たないし、営業もしてくれてるのかも」
所長自らが営業なんてことをするのは稀だけど、そう信じたいところ。
言いながらカバンの中に無造作に封筒を突っ込んだところで、コンコンコンとドアをノックする音がする。
「ハーイ!」
亜澄くんが返事をする。すりガラスの扉の向こう、人影が見えた。私と同じくらいの背丈っぽい。
「あの、ご依頼の相談に来たんですが」
「どうぞ、お入りください」
私はすぐキッチンへと向かい、亜澄くんはドアへ向かう。
ガチャ、とドアをあけて入ってきたのは、黒のロングヘアが艷やかな大人しそうな女性だった。……どことなく白鳥さんと似てる……いや、もう忘れなきゃ、仕事なんだから。
女性は縁が細いメガネをくい、と指先で押し上げてから亜澄くんを見る。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
「どうも……」
ペコリ、と頭を軽く下げてから亜澄くんに案内されるまま席に向かう。
「コーヒーと紅茶だとどちらがいいですか? お茶もありますが」
「じゃあ……紅茶で」
「アイスティーにしますか?」
「ええ。ストレートで大丈夫です」
「分かりました」
亜澄くんと目が合う。大丈夫よ、とうなずくと、彼も笑って相槌をうち、女性の反対側に座った。
「オレは内鷹といいます。あちらにいるのが外鳩」
「どうも」
女性が私を見て頭を下げる。私も笑顔で会釈をした。
「私は、田嶋梨沙、と申します」
「はい、タジマさんですね。どのようなご相談でしょうか?」
「旦那のことで、ちょっと」
「旦那さん?」
ピクピク。私の耳が反応する。ははぁ、なるほど。浮気調査ね。こりゃーお金になる仕事の匂い。
鼻歌が出そうになるのをこらえ、ルンルン気分でアイスティーと自分達のアイスコーヒーを準備して亜澄くんとお客さんのところへ持っていく。
「失礼いたします、お飲み物お持ちしました」
「ありがとうございます」
アイスティーとお菓子を置き、アイスコーヒーを亜澄くんと私の席にも置いてようやく席につく。
「旦那さんのことで、ということですが、何かありましたか?」
「実は……、旦那にストーカーがいるみたいで」
「…………ん?」
てっきり浮気調査だと思っていた私は小さく声を発する。
ストーカー?
まるで三佐東さんみたいだけど、あの時はご夫婦でいらした。今回は奥さんだけ、そして被害者は旦那さん……?
普通は被害者本人が相談に来るものだから、なんだか違和感を覚えるけど、今日は平日だ。お仕事でなかなか来れないから、奥さんが代わりに来たのかも。
亜澄くんがペンを走らせる横で今度は私が尋ねる。
「旦那さんのお名前、お伺いしてもよろしいですか?」
「はい。田嶋彰人といいます。職場は株式会社マル○ン共働きなんですけど、職場は違うんです」
マル○ンといえば、有名な精肉会社だ。代表的なのはウィンナー、あれおいしいんだよねえ。スーパーで見かけたら買っちゃう……じゃなくて。
「その田嶋さんにストーカー、ですね。どういったことをされているのでしょうか」
「付きまとい、というんでしょうか。行き帰りに後をつけてるようなんです。毎日ではないですが」
「結構な頻度で?」
「ええ。一週間で三回程」
「付きまとい、と……、他には?」
「私が見てるとも知らずにキスを迫られていたりするんです」
おやおやまぁまぁ。オバサンみたいな反応になってしまいそうなのを無事我慢できたものの、あっけにとられそうになる。
奥さんがいるのにそんなことするもんなの?
「それを、旦那さん……えー、彰人さんは、嫌がっているんですよね」
「……いいえ」
「え?」
「嫌がってないから問題なんです!」
「……ええ……???」
「嫌がって、ないんすか……?」
私も亜澄くんも、なんだか混乱してきた。
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