第三話◇逆転する立場

2/9

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
第三話/二.  ガラララ。  ホワイトボードを転がしてきた亜澄くんは、きゅぽっと蓋をとり、マーカーで書いていく。 「整理しますね。田嶋さんの旦那さん、彰人さんがストーカー被害にあっている。しかし本人はまんざらでもなさそうだ、と」 「付きまといや、奥さんに隠れてキスをしていたり、出張だといって家に帰ってこない日もある……。ストーカー被害だとおっしゃってますが、これって、浮気をしている……ってことですよね?」 「彰人さんはそんな人じゃないと思っていたのに」  田嶋梨沙さんは落ち込みながらも、左薬指にはめた指輪を撫でながらうなずく。  こんないい人がいながら男ってやつは!  いや、これだと誤解を招いてしまう。浮気する人はなんでそう、求めたがるのかしら。  舜くんはそんな人じゃないって知ってるし、白鳥さんだって……そうに違いないんだ。舜くんが好きな人なのだから。  あーぁ……、返事か。出席したいけどそしたら幸せな二人を見ることになる……それはなんだか悔しい……!! 「奏センパイ、どうしました?」 「えっ? あ、ああ、うん。そう、えーと……そのストーカーっていつ頃から始まったか、覚えていますか?」 「ええ、もちろん。二年前の十月二十一日からです」 「……細かいんですね」 「だって、その日は……私達の記念日なんですよ」  あー、結婚記念日ってやつか。そりゃまずいわね。覚えてるのも当たり前か。 「二年前、の、十月、二十一日……」 「……じゃあ、二年間浮気されてるってことですか?」 「そうよ」 「二年間、誰にも相談しなかったんですか?」 「その通り」  なんで?  私と亜澄くんは目を合わせる。私が“どういうことよ”と目で訴えると、彼は“分かりません”とふるふると首を横にふった。 「ええと、田嶋さん。先にお伺いしますね。離婚は考えてらっしゃいますか?」 「いいえ」  いいえ、か……。……そんなに好きなのかな。すごいや、うん。 「ですが、こうやって相談にいらしたということは、証拠を集めて慰謝料を受け取るつもりだからでは?」 「そうよ。あの女から取れるだけ取りたい」 「どの女性でしょうか」 「そんなの、あなた達が調べれば分かるでしょう。私は名前なんて知らないわ」  ストーカーの名前を知ってるわけない、とでも言いたげに息巻いている。  なぜか興奮してきてるみたいだから落ち着かせないと。 「そうですね、至らなくてすみません」 「本当よ、探偵ならそれくらいできるでしょ」  くぅーッ、言い返したい。私にも考えがあって聞いてるんだって言いたい。  でも我慢よ、奏! 「では、改めて田嶋さんのご依頼を確認させてください」 「ええ。私の依頼は、旦那へのストーカーをやめさせること。そして、ストーカーしている女から慰謝料をもらうこと。これでいいかしら」 「はい、結構です」  もう聞くのやめた。今日は、これ以上聞いても答えてくれなそうだし、難しいだろう。 「ですが、田嶋さん。ストーカーをやめさせることは約束できません」 「どうしてよ?」 「私達は警察ではないのでやめろと強制することはできないんです。やめてもらうように証拠を揃えることはできますが」 「なら、それでいいわよ」 「かしこまりました。亜澄くん」 「はい。浮気調査という分類になりますので、料金はこちらになります」  いつもお客さんに見せている料金表を見せる。 「……どうしても時間をかけないと証拠は揃えられないと思いますので、一週間は必要です」 「それくらいあれば十分でしょ、いいわ」 「ありがとうございます。では、準備しますのでお待ちください」  ニコ、と営業スマイルで答える。あとは亜澄くんに相手してもらうことにして(逃げてるわけじゃないのよ)、所長に報告をしなきゃ。 *** 「では、またご連絡いたします」 「よろしくお願いしますね」  ほぼ三人同時に席を立ち、私はお辞儀をして、亜澄くんは出口までついていき見送る。  パタン、とドアが閉まった瞬間、私はイスに崩れるように座った。 「ああぁぁあ……神経使った……」 「奏センパイ、お疲れ様っす」 「今までで一番よく分からない人だわ……」 「そっすか? オレはわりと話せましたよ」 「気付かなかったの? 田嶋さん、私には敵意むき出しだったのよ。女性嫌いなんじゃないかしら」  はぁ、と息をつきながらぼんやりホワイトボードを見上げる。 「そうなんすかね?」 「ま、亜澄くんはいい子だから気にする必要もないかもね」  素直で純粋。それが彼だ。私みたいにめんどくさいことを考えないし気にしない。要は、ポジティブ。ちなみに、私はネガティブ寄りのポジティブ。 「うーんと……田嶋彰人さんね。住所は、これで……えー、地図……」 「センパイ、携帯で見たらどうっすか?」 「いいの。あれ使うときはオンライン旅行をする時だけよ」 「オンライン旅行?」 「実際に行けない時は便利でしょ。お金もいらないし泊まる場所もいらない。現実逃避したいときは最高だわ」  国内だけじゃなく、海外にも行けるしね。写真でも楽しめるし。とはいえ、さすがに空気や匂いは分からないから、やっぱり行きたいなー。うん、要検討。 「あ、あった。ふんふん……近くの駅は……目黒か」 「会社と家の往復がメインだって言ってましたね。交代でやるとしても、二人でやるんすか?」 「ん? んー……所長がいてもいいけど、あの人うまくないから」 「え? 監視がっすか?」 「そう。刑事のときは張り込み失敗することも多かったんですって」 「どうして」 「ナンパするからよ。あの人、あれでも独身でさ。恋人とっかえひっかえ。今はいないみたいだけどね」  口はうまいから、女性もすんなり受け入れちゃうんだろうね。……いや、私はないから。その気はない。全く。おじいちゃんの世話をする孫だから。私は。 「そういえば、センパイ。この間、所長が冤罪作れって言われてやめたって話をしてましたけど」 「あー、うん。言ったわね」 「教えてください。具体的に」 「いいわよ。あれは、今から二十年近く前。所長が四十歳くらいの時ね。私が聞いたのは、こんな内容よ」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加