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第三話/二.
ガラララ。
ホワイトボードを転がしてきた亜澄くんは、きゅぽっと蓋をとり、マーカーで書いていく。
「整理しますね。田嶋さんの旦那さん、彰人さんがストーカー被害にあっている。しかし本人はまんざらでもなさそうだ、と」
「付きまといや、奥さんに隠れてキスをしていたり、出張だといって家に帰ってこない日もある……。ストーカー被害だとおっしゃってますが、これって、浮気をしている……ってことですよね?」
「彰人さんはそんな人じゃないと思っていたのに」
田嶋梨沙さんは落ち込みながらも、左薬指にはめた指輪を撫でながらうなずく。
こんないい人がいながら男ってやつは!
いや、これだと誤解を招いてしまう。浮気する人はなんでそう、求めたがるのかしら。
舜くんはそんな人じゃないって知ってるし、白鳥さんだって……そうに違いないんだ。舜くんが好きな人なのだから。
あーぁ……、返事か。出席したいけどそしたら幸せな二人を見ることになる……それはなんだか悔しい……!!
「奏センパイ、どうしました?」
「えっ? あ、ああ、うん。そう、えーと……そのストーカーっていつ頃から始まったか、覚えていますか?」
「ええ、もちろん。二年前の十月二十一日からです」
「……細かいんですね」
「だって、その日は……私達の記念日なんですよ」
あー、結婚記念日ってやつか。そりゃまずいわね。覚えてるのも当たり前か。
「二年前、の、十月、二十一日……」
「……じゃあ、二年間浮気されてるってことですか?」
「そうよ」
「二年間、誰にも相談しなかったんですか?」
「その通り」
なんで?
私と亜澄くんは目を合わせる。私が“どういうことよ”と目で訴えると、彼は“分かりません”とふるふると首を横にふった。
「ええと、田嶋さん。先にお伺いしますね。離婚は考えてらっしゃいますか?」
「いいえ」
いいえ、か……。……そんなに好きなのかな。すごいや、うん。
「ですが、こうやって相談にいらしたということは、証拠を集めて慰謝料を受け取るつもりだからでは?」
「そうよ。あの女から取れるだけ取りたい」
「どの女性でしょうか」
「そんなの、あなた達が調べれば分かるでしょう。私は名前なんて知らないわ」
ストーカーの名前を知ってるわけない、とでも言いたげに息巻いている。
なぜか興奮してきてるみたいだから落ち着かせないと。
「そうですね、至らなくてすみません」
「本当よ、探偵ならそれくらいできるでしょ」
くぅーッ、言い返したい。私にも考えがあって聞いてるんだって言いたい。
でも我慢よ、奏!
「では、改めて田嶋さんのご依頼を確認させてください」
「ええ。私の依頼は、旦那へのストーカーをやめさせること。そして、ストーカーしている女から慰謝料をもらうこと。これでいいかしら」
「はい、結構です」
もう聞くのやめた。今日は、これ以上聞いても答えてくれなそうだし、難しいだろう。
「ですが、田嶋さん。ストーカーをやめさせることは約束できません」
「どうしてよ?」
「私達は警察ではないのでやめろと強制することはできないんです。やめてもらうように証拠を揃えることはできますが」
「なら、それでいいわよ」
「かしこまりました。亜澄くん」
「はい。浮気調査という分類になりますので、料金はこちらになります」
いつもお客さんに見せている料金表を見せる。
「……どうしても時間をかけないと証拠は揃えられないと思いますので、一週間は必要です」
「それくらいあれば十分でしょ、いいわ」
「ありがとうございます。では、準備しますのでお待ちください」
ニコ、と営業スマイルで答える。あとは亜澄くんに相手してもらうことにして(逃げてるわけじゃないのよ)、所長に報告をしなきゃ。
***
「では、またご連絡いたします」
「よろしくお願いしますね」
ほぼ三人同時に席を立ち、私はお辞儀をして、亜澄くんは出口までついていき見送る。
パタン、とドアが閉まった瞬間、私はイスに崩れるように座った。
「ああぁぁあ……神経使った……」
「奏センパイ、お疲れ様っす」
「今までで一番よく分からない人だわ……」
「そっすか? オレはわりと話せましたよ」
「気付かなかったの? 田嶋さん、私には敵意むき出しだったのよ。女性嫌いなんじゃないかしら」
はぁ、と息をつきながらぼんやりホワイトボードを見上げる。
「そうなんすかね?」
「ま、亜澄くんはいい子だから気にする必要もないかもね」
素直で純粋。それが彼だ。私みたいにめんどくさいことを考えないし気にしない。要は、ポジティブ。ちなみに、私はネガティブ寄りのポジティブ。
「うーんと……田嶋彰人さんね。住所は、これで……えー、地図……」
「センパイ、携帯で見たらどうっすか?」
「いいの。あれ使うときはオンライン旅行をする時だけよ」
「オンライン旅行?」
「実際に行けない時は便利でしょ。お金もいらないし泊まる場所もいらない。現実逃避したいときは最高だわ」
国内だけじゃなく、海外にも行けるしね。写真でも楽しめるし。とはいえ、さすがに空気や匂いは分からないから、やっぱり行きたいなー。うん、要検討。
「あ、あった。ふんふん……近くの駅は……目黒か」
「会社と家の往復がメインだって言ってましたね。交代でやるとしても、二人でやるんすか?」
「ん? んー……所長がいてもいいけど、あの人うまくないから」
「え? 監視がっすか?」
「そう。刑事のときは張り込み失敗することも多かったんですって」
「どうして」
「ナンパするからよ。あの人、あれでも独身でさ。恋人とっかえひっかえ。今はいないみたいだけどね」
口はうまいから、女性もすんなり受け入れちゃうんだろうね。……いや、私はないから。その気はない。全く。おじいちゃんの世話をする孫だから。私は。
「そういえば、センパイ。この間、所長が冤罪作れって言われてやめたって話をしてましたけど」
「あー、うん。言ったわね」
「教えてください。具体的に」
「いいわよ。あれは、今から二十年近く前。所長が四十歳くらいの時ね。私が聞いたのは、こんな内容よ」
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