第一話◇脅迫状は招待状

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第一話◇脅迫状は招待状

第一話/一. ――二〇一九年四月八日(月) =========== 「あれ、(しゅん)くん!」  私には幼なじみがいる。鷺原(さぎはら)(しゅん)くん。背が高くて、私より勉強もできて、ちょっと低めの声がかっこいい、自慢の幼なじみ。  そして、私の好きな人。――っていうのは、舜くんには内緒だけど。 「ああ、奏。久しぶりだね」 「社会人になってから、全然会わなくなったもんね」  ていうか、ここはどこだ?  よく見れば私の実家だ。一人暮らしをしているはずの私が、どうして実家に……? 「奏、いつになったら返事してくれるの?」 「返事? って、え、何の」 「決まってるでしょ。僕らの結婚式だよ」  えー! 私プロポーズされたっけ? え? うそ、そんなの“お願いします”以外ないじゃん! 「それは、もちろん――」 「僕と雪美(ゆきみ)の」 「はい?」  よく見れば、舜くんのとなりに色白の美女が……、黒髪はさらさらしている。 「外鳩さんは、舜のご友人なんですよね。もちろん、出席してくださいますよね?」 「え……ええっと……あー……」  穏やかに微笑む彼女に、どう答えたらいいのか。そうやって苦しむ場面で、次に私の目にうつったのは見慣れた天井。 「……はっ、はぁ……、夢か……」  鷺原舜。実在する。白鳥(しらとり)雪美(ゆぎ)。こっちも実在する。  そうだ、招待状が送られて来てたんだっけ。早く返事をしないと、と思って、できずにいる。  だって、私は……子どもの頃からずっと……。  ……仕事に行く準備をしなくちゃ。珍しく、アラームが鳴るより前に目が覚めたと思ったらこんなことって。  起き上がると、机の上がひどいありさまだった。 「んー……、……ああ、昨日の郵便物、ほったらかしてたんだ」  昨日は所長と亜澄くんとで飲んでたから、帰ってきて疲れて適当にしてたみたいだ。  ガサガサと広告を適当にまとめる。 「……結婚相談所ねぇ……。えー、“式場と提携! 入会して三ヶ月以内に成婚した方は、人気の式場・プライマリーロマンスで結婚式ができます! ウェディングプランナーの伊豆中(いずなか)にお任せを!”」  今の私にとっては地雷そのものだ。でも、ついついそのまま見てしまう。 「……伊豆中さんていうんだ、この人。きれー。こういう人が結婚式のこと相談にのってくれるんだ。こっちは、結婚相談所の社長、中園(なかぞの)さん……、この人も美人。え、今こんな美人だらけなの? この世界はこういう美人だらけなの? むしろ私入れなくない? 無理無理」  我に返って、チラシをまとめて紙袋に入れる。紙ごみでまとめて出す時に便利なんだよね。 「さぁて、とりあえず……お風呂に入ろっか」  かろうじてメイクを落としていた昨日の私に感謝だけしておいた。 ***  その日も、仕事はいつも通りはじまった。  依頼者が来るときは、必ず一時間前には部屋にいるようにしなければいけない。  そう決めたのは、他でもない、大橋辰尚所長なんだけれど――。 「……あら? ねえ、亜澄くん、所長は?」 「まだですよ」  亜澄くんはそういいながら、トントン、と手にしている書類を机の上で整える。  一昨日はフライパンとお玉、昨日は目覚ましアラームで叩き起こした。本当に、叩き起こした。布団の上から所長の体をバンバン叩いて。  今日は依頼者が来るというのに、またものんびり寝ているらしい。 「もう……、確かお昼の一時よね?」 「はい。特に時間変更の連絡もないので、そのはずっすね」 「起こしてくるわ。亜澄くんは先に昼食にして。外に行くなら鍵をしめておいてね」 「うっす!」  元気に返事をしてくれる。  亜澄くんは私の一個下で、二十四歳。うちの風変わりな面接に来てくれて、その場で採用決定して。 『はじめまして、内鷹亜澄です。名字に鳥の名前入ってるんで条件は満たしてます!』  そう、採用条件は鳥の名前が名字にあること、っていう変わったものだった。それもクリアしていた彼が働き始めてはや四ヶ月目。もはや所長より所長だわ。  電話がくればハキハキと受け答えしてるし、 『はい、大橋探偵事務所です。……はい、ご相談がある、とのことで。大橋所長ですね、少々お待ちください』 頼んでたことは全部やってくれる。 『奏センパイ! 頼まれてた表作成やっておきました。来月以降も使えるようにしておいたのでコピーして使いまわしてください』  多少ミスをするときはあっても、ささいなこと。  そういう人が大学を出てフリーターだなんて……。何があったのやら。履歴書には書かれてなかったけど、聞けば教えてくれそうね。  興味があるわけじゃないの、ただ気になるっていうか。  うん、それを興味っていうことは知ってる。  とりあえず、今はその話を置いといて、所長を起こしに行かないとね。 「はぁ。どうやって起こそうかしら」  鍵を持って部屋を出ると、階段へ向かう。  ぱっと見は古いビルだけれど、エレベーターはちゃんとある。  それでも、この上に住んでいるのもあって出勤しなくていいイコール運動量が少ない、ということになるから、ちょっとだけでもと思って、私は基本的に階段を使っている。 「楽器のシンバルでも買おうかしら。所長を起こすんだから経費になるわよね。うーん……でも楽器を使うと、演奏者の人に悪い気もする……」  そうだ、楽器は音を奏でるもの。目覚ましに使うものではない。  私の声で起きてくれれば一番いいのだが。  四階につくと、そのまま突き当りにあるドアへ進む。  カツカツ、とパンプスの音を響かせながら、チラリと窓の外を見た。お昼時ということもあって、人通りは朝より多い。 「ふう」  一息ついてから、インターホンを押す。  すぐさま、ドアに右耳をあてた。私はボブヘアだから、ロングヘアの人と違い髪をかきあげる必要はない。 ――ピンポーン……ピンポーン……。  部屋の中に音が鳴るのを確認する。 「……足音、無し。声も無し」  合鍵は私と亜澄くんが持っているけど、起こしに来るのはもっぱら私。  一度亜澄くんに行かせたら、そのまま話し込んで二時間は帰ってこなかったことがあって以来、私が来るようにしている。  ガチャリと鍵をあけてそのまま玄関へと入る。 「所長ーー、いますかー」  声をかけながら靴をぬぐ。  うん、所長の革靴があるということは部屋の中にいるね。  スリッパなんてしゃれたものはないので、そのまま遠慮なくフローリングをストッキングをはいた足でぺたぺたと歩く。  迷いなく寝室へ向かう。 「所長?」  ドアをあけた私が見たのは、すやすやと赤ちゃんのように眠る所長こと、大橋さん。 ――いや赤ちゃんって。  我ながらないわーと思いつつ、窓際へ行くとカーテンをシャッと勢いよく開いた。日光が入る。 「ううん……」  ようやく、所長が動く。 「所長ー、お昼ですよ。起きてください」  ゆさゆさ。  体をゆさぶってみるが、目はあかない。 「所長、もうすぐでお客さんがいらっしゃるんですけど」  ゆさゆさ。  やっぱり起きない。  昨日目覚ましを使ったから、今日は別のものを使わないといけない。同じ音を続けると起きないのだ。もう本当にめんどくさい。 「……所長ー、いい加減にしてください」  すやすや眠っている。起きない。……もう限界だ。 「所長ッ、聞いてます!?」  ばさっ、と勢いよく掛ふとんをはぎとる。 「私です、外鳩奏です!! 所長!! 大橋所長!! 起きてください!!」  耳元で騒ぐ。  所長の手が布団を探すけど、私が奪っているから掴むことはできなくて、諦めたのかトサッと下へ腕が降りた。 「所長!! お昼ですよー!!! お客さん来ちゃいますよー!!!」 「う……」  お、ようやく起きたかな。 「……寒い。ふとんちょうだい……」 「寒い、って、今、夏ですけど!?」 「エアコンが……すずし……ぐー……」  ちら。寝室にはエアコンがついていて、冷風を出している。それはそれとして、言い訳にもならない。 「…………。もう! 大橋所長!!! 起きてください!! 起きないなら蹴飛ばしますよ! 本気で!!」  今にもベッドに乗り上がってやろうか、という勢いでつかみかかると、ようやく目があった。 「……あれ、奏?」 「私です。ほら、早く起きて、歯磨きして顔洗ってください。もう十二時回ってますから」  今日はスムーズだった。良かった。って、いやいや、良くはない。 「食事は何がいいですか?」 「コンビニの幕の内弁当……」 「じゃあ買ってくるので、さっさと準備すませて事務所に来てくださいね」 「うん……」 「起きて歯磨きするところまで見ないと出ていきませんよ!!」  二度寝を決めようとする所長に、大声で話しかける。  重たそうなまぶたをゆっくりあけた。 「……分かった。分かったよ、奏。起きるから」 「はい。起きてください。さぁ」 「……思うんだけど、もうすっかり娘だね」 「あなたの娘になった覚えはないです。そもそも、 結婚もしてないでしょうが」 「そうなんだけど。ふぁぁ……」  大きなあくびをしながら、上半身を起こす。  もう大丈夫そうだ。  ベッドから降りると洗面所へ向かう。相変わらずのボサボサ頭は、私の父よりもひどい髪型のように思える。 「いいですか、一時からお客さんなんですからね。早く準備してきてくださいよ!」 「はいはーい……」  なんだかやる気のなさそうな返事だが、まぁいいだろう。  こうやって起きればちゃんと事務所に来ることを知っている。  私は急いでコンビニへと向かうことにして、所長の部屋を出た。
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