第三話◇逆転する立場

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第三話/四. ――二〇一九年九月十二日(木) =========== 「――という、お話。長くなっちゃったわね」 「大変だったんすね。その、小池さん、て人が本当に?」 「そうよ。それがたちの悪い人だったみたいで。昔はさ、学校の卒業アルバムに卒業生の名前とか住所をのせてたの。知ってる?」 「聞いたことあります」 「それを見て住所調べて、“私、親御さんの知り合いなんですー”って言って上がりこむの。他愛もない話をしてると見せかけてお金を貸してくれ、って切り出すわけ」 「かしちゃうんすか?」 「知り合いだって言われたらね。子どもさんとは会ったことないから、といわれたら、誰だってそれなら仕方ないかって思うもんじゃない? 私だって、どうなるかわかんない」  私がお金貸してもいいのは所長だけね。亜澄くんは、悪いけど、なんとかがんばってくれたまえ。 「もしお金を貸さなかったら何されるかわからないでしょ。だから、お金をあげちゃうのよ。そういう人が小池さんの場合は何人もいた。警察に相談の電話が何件か来るくらい」 「普通に詐欺な気がしますけどね……」 「私もそう思うけど、実際は難しかったんでしょうね。逃げてたから捕まらなかった、ってのはあるけれど、一年経ったしもう大丈夫ってたかをくくったんじゃないかしら」  だからノコノコとやってきたわけだ。おかげで捕まえられたけど、確か無期懲役になったはず。 「顔も名前も知らない人を招き入れるってありえるんすかね?」 「会社ならありえるわよ。家だって表札があれば名字は分かるし、それでうまく騙されたら分からないわ」 「おばあさんはどうやって騙されたんすか?」 「確か、子どもさんの友達でって言ったんですって」 「なるほど。それで断って殺されてしまった?」 「ええ。本当のお友達の名前を間違えて、それで知り合いでもなんでもないと分かって。お金をあげて逃げようとしたら、通報されると思った小池さんが近くにあった包丁で刺した。誰の得にもならない、かわいそうな話だわ」  最後の方は、はぁ、とため息まじりにつぶやく。 「なんか……、それって、詐欺っていうより強盗のような気がしますね」 「だから強盗殺人になったんでしょう。罪名は強盗致死。さっきも言ったとおり、すでに何件か相談で警察に名前が知られてたから、おばあさんが通報したらいよいよ終わりだと思ったんじゃないかしら」 「もう社会に出てこなくて良くなったのは、いいような、悪いような……」 「複雑よね。うまく言葉にできないわ」  もしただ強盗だけなら無期懲役ではなかっただろう。そうなればまた同じことをやるに違いない。お金に執着していたのは、そんなに“自分は手に入れられないもの”だから……なのかしら。 「……でも、ひとつだけ、わかりましたね」 「ん? そう?」 「ハイ。大橋所長はカッコイイってことっす!」  ニカッ、と歯を見せて笑う。 「そうね」  私も微笑んだ。たとえ昼まで寝てようが、基本ぐうたらだろうが、張り込みに出かければ誰かをナンパしていようが。  ついていくと思える上司には違いないのだ。 「ただいまー、っと」  タイミングよく、ガチャリと開いたドアの向こうから聞き慣れた所長の声が聞こえる。  顔を向けると、大きな四角い箱を持ったその人がいた。  ……大きい、ダンボールの箱? 「所長! おかえりなさい!」 「お、おう。なんだ、亜澄はいつもより元気いいな」 「さっき奏センパイから刑事をやめた経緯を聞きました」 「え? あー……そっか、亜澄には言ってなかったからな」 「……話しちゃまずかったですか?」 「そんなことない、構わんさ」  笑いながら言って、私の机の上に四角い箱をトン、と乗せた。 「これ、奏に」 「私にですか?」 「ノートパソコン」 「ノートパソコン!?」  よく見ればメーカー名が書いてある。  そう、以前、夏の暑さのせいにして無事に――というとパソコンがかわいそうなのでやめるとして、歴史遺産のような古いパソコンを壊してしまった。  これだと困る! と、私と亜澄くんで訴えた結果、じゃあそのうち買うよと言ってくれた。のが一週間前。  本当に買ってきてくれるとは。これを買いに行くのが野暮用なのか……、一人で買ってきたってちょっと心配なんですけど……。 「え〜、所長、オレにはぁ?」 「デスクトップを注文しておいたから亜澄にはそれを使ってもらう」 「マジ!? やったー!」 「所長……、お財布大丈夫ですか?」 「平気平気。これも経費だから」  セロハンテープをハサミで切り、ガタガタとダンボールを開く。  おお、結構大きい。BSUS《ビースース》……海外産だ。 「わぁ〜、きれいな青ですね!」  話しながらパカッと画面を開く。  え、ま、待って……、これ……、core(コア)i7(アイセブン)なんだけど……。 「……所長、一人で買ったんですよね」 「店員に高スペックPCとやらを聞いたんだ」  無駄に高スペック……、動画編集はしないしデザインだってしないんだからcorei5でも十分なはずなのに。  「はい、領収書」  金額見るの怖いな。 「は、はい……」  受け取った紙に、恐る恐るチラリと視線を落とす。15万円を超えている。  そこで私はホワイトボードを見た。この浮気調査、気乗りしないと思ってたけど、デスクトップPCにノートPCを購入したとなれば、俄然やる気がでてきた。 「……所長。チラシを作りましょう」 「チラシ? なんの?」 「依頼募集に決まってんでしょ!」 「なんで急にキレてるんだ」 「キレてません。この高スペックパソコンを有効活用するんです。ただ事務作業だけするのは宝の持ち腐れ、こうなりゃ配信でもなんでもしますよ!」 「よくわからんが配信ってことはこの部屋の中を映すのか? 顧客の情報があるからそれはなぁ」 「映しませんよ。……まあ、配信はともかく、本当に文や数字を打つだけに使うのはもったいないですから」  とかいいながら、そういうソフト使ったことないから本でも買わないといけないかもしれない。 「にしても、ソフトってよく分からないのよねぇ……」 「あ、オレできますよ」 「え、本当?」 「大学生のとき授業で扱ったことあるっす」 「どんなのだった?」 「天下のCDOBE(シドビ)です」 「な、なんて?」 「シドビ」 「……何それ?」 「デザインできるソフトを開発してる会社の名前っす。ただ、大学は法人購入してるから学生は無料で使えたけど、ここでもとなると新しく買わないと」  またお金がかるのね。……何にだってお金はかかるものなのよ。うん。 「高いと思うんで、代わりになりそうなソフトがないか、調べてみますね」 「うん、よろしく。いいですよね? 所長」 「ああ。パソコン関連は二人に任せる」  所長は自分のデスクに行き、イスに座る。そこでようやくホワイトボードに書いてあることに気づいたようだった。 「依頼が来たのか」 「はい。田嶋さんという方で……資料はこちらです」  亜澄くんと私で用意した資料を所長の机に置く。  それを手に取ると、ペラペラとめくりはじめた。 「ふむ……なるほど。田嶋梨沙さんね……」 「不思議な方でした。私より亜澄くんと話が合うようで」 「けっこー普通でしたけどね!」 「二年間誰にもストーカー被害、もとい浮気を相談しないなんてありうる?」 「大人しそうな人だから、悩んでたのかも。それでついに、みたいな」 「……確かに」  ありえない話ではない。 「うん、いいだろう。もう引き受けたんだろ?」 「はい。一週間、田嶋彰人さんについて調べることにしました」 「がんばってくれ。あ、ということは……交代制で尾行するんだよな」 「そのつもりです」 「先に出る方は事務所に寄らずに行ってもいいぞ。後から行く方も、帰りが遅いようなら寄らなくていい。来てほしかったら呼び出すから」 「了解っす!」 「分かりました」 「ごく普通の初歩的な依頼だろうからな、気楽に構えな」  ハッハ、とのんきに笑う所長。自分は行かないからってお気楽なものだ。
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