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第三話/六.
事務所へ戻り、定時――そういえばまだ書いてなかった気がするけど、事務所は午後六時で営業終了だ。
「よし、これでオーケー」
真新しいノートパソコンの設定も終えて軽く使ったところで定時になり、シャットダウンさせる。
ほぼ同時に事務所の電話が鳴る。
今、所長はいない。定時で帰ろうとするときに限って長電話が始まったりする。さぁどうするか。二コール目が鳴る。
「……仕方ない」
お客でもそうでなくてもこの場に居るのだから、と思い直して三コール目が終わるタイミングで受話器をとった。
「はい、大橋探偵事務所です」
『あっ、センパイ! やっと出た!』
「亜澄くん?」
予想もしていなかった亜澄くんからの電話に驚く。
携帯電話の番号知ってるくせになんで事務所に。
『所長いますか?』
「え? いないわよ。今日はもうこの時間だし、戻ってこないんじゃないかしら」
『そっすか……』
「どうしたの?」
『実は、緊急事態発生で。所長、電話しても出ないから事務所ならいるかと思って』
緊急事態か……、所長の代わりに私が行くとしよう。
立ち上がりながらカバンにペットボトルを入れ、事務所の鍵を取り出す。
「今から向かうわ。どこ? 会社?」
『いえ、田嶋さんのお家の近くです』
「分かった。緊急事態っていうのは?」
『梨沙さんと彰人さんが言い争いしてて、見るに耐えかねて仲裁に入ったら殴られました』
「えっ!?」
殴られることが全くないとは言わないけど、仲裁に入って殴られるなんて……。絆創膏とか持っていったほうがいいかしら。
「しゃべれるってことは、そこまでひどくないのね?」
『ひどくない、というか、その……』
「何よ」
なぜ言い淀むのか。
『……殴ってきたのが、梨沙さんの方で……』
てっきり彰人さんに、と思ったらまさかの依頼人だった。
『とりあえず、梨沙さんには帰ってもらって、田嶋さ……、彰人さんには一緒にいてもらってます』
『あの、家へ来てください。消毒しないと』
『いえ、そんな大ケガじゃないので』
亜澄くんじゃない声も聞こえる。それが彰人さんのようだ。
『どうしましょう、センパイ』
「……とりあえず、迎えに行くわ」
『じゃあ待ってます』
「ええ。あー、彰人さんには言っちゃった?」
『いえ。オレ、センパイのおつかいでここ通ってただけなんで』
そばにいる彰人さんに不審に思われないように亜澄くんは遠回しな説明をする。
「事務所出るから、今度は携帯に連絡してね」
『うっす』
電話を切る。とにかく急いで目黒に向かわなくちゃ。
ペットボトルをカバンに入れ、事務所の鍵を取り出す。部屋の中を一度見渡して、問題ないことを確認して電気を切ると、事務所のドアに鍵をかけ、階段をかけおりた。スニーカーで良かった!
***
田嶋さんのお家の近く。タクシーで向かった私は、降りてきょろきょろと見渡す。あ、見つけた。
「亜澄くん!」
「センパイ!!」
駆け寄りながら声を出すと、昼間に会った服装のまま、頬に絆創膏らしきものを貼った亜澄くんが嬉しそうに私の方を向いた。
見覚えあるなぁ、と思ったけど、犬だ。名前を呼ばれてああやって目を輝かせて反応するあたりが。
そんな彼の隣には――彰人さんがいる。慎重にしないと。
「あの、私、亜澄くんと同じ職場で働いている外鳩と申します。すみません、手当していただいて」
「ああ、いえ。これは妻がしてくれたんです。もう部屋に帰しましたが」
「そうなんですか? 奥様にもお礼を言わなくちゃ」
「そのことなんすけど、センパイ。ちょっと」
「え? あ、ごめんなさい」
「ええ」
気にせずどうぞ、と彰人さんがほほえみ、私と亜澄くんは二人で電柱を囲うような形でヒソヒソ話をする。
「ちょっとわけわかんなくて」
「何が? 梨沙さんが手当してくれたんでしょ?」
「いえ。違います」
「違うわけないでしょ。夫婦なのよ」
「田嶋彰人さんの奥さん、田嶋愛海さんというらしいんです」
「…………え?」
亜澄くんは何を言い出したの?
思わずぽかん、とする私に、亜澄くんは一生懸命説明してくれた。
「電話のあと、やっぱり放っておけないからって、彰人さんがいったんおうちに戻ったんです。そしたら、彰人さんと奥さんが一緒に降りてきたんですけど。その人、昼間に一緒にご飯を食べてた女性で」
私の頭の中は?マークで埋め尽くされる。
え? 梨沙さんと彰人さんは夫婦じゃないってこと?
それにしてはすごく……すごく詳しかったけど?!
「まっ……待って。つまり、梨沙さんは奥さんでもなんでもないってこと?」
「はい。でも梨沙さんは指輪してるじゃないですか」
「してるわよ」
「W不倫なのはもしかしたらそっちなのかもって思ったんですけど……」
「けど?」
「彰人さんが言うには、あの梨沙さんは一人暮らしのはずで、彼女こそがストーカーなんだと」
もう、新情報が多すぎる〜!
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