12人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
第三話/九.
――二〇一九年九月十九日(木)
===========
ようやく例のストーカーまがいな嫌がらせ常習者、田嶋梨沙……さんを遠ざけることに成功した。呼び捨てにしたいけど我慢しました。
夕飯をごちそうになった翌日、つまり昨日、私達三人で浅草警察署へ。水秦さんには何度か会ったことがあったらしい。うろ覚えではじめましてなフリをしたけど苦笑されたから今度はちゃんと知ったかぶりをしようと思う。
「大橋、担当者を二階に呼んである。部屋をとってあるから、そこで話してくれ」
「ああ、ありがとう」
「君が内鷹くんだね。怪我は大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます」
「礼を言うなんて不思議だね。さ、早いとこすませよう」
田嶋梨沙さんは、これまでも同じような事件……、事件? を何度か起こしていたらしい。彰人さんの前は、女性、その前も女性、その前は男性。みんな面倒ごとは嫌だからと適当にあしらったらしい。
彼女いわく、
「誰も私を見ようとしないから、見えるようにしてやっただけよ。どこが悪いの?」
……と、言ってのけるのを聞いた。廊下で。
「今、田嶋さん来てるから話聞いてく?」
そう水秦さんに言われ、私と亜澄くんはそうすることにした。立ち聞きなんですけど。大丈夫かな。署長だし大丈夫だろう、と思い直して耳を傾ける。
「だからって追い回して精神的苦痛を与えた上に探偵事務所に浮気調査の依頼って、何考えてるんだ?」
そうだ、そうだ。名前聞き忘れたけど、担当捜査員の男性であろう人に心の中でエールを送る。
「何考えてんだ、って、頭おかしい、って意味?」
「それがなんだ」
「私は頭おかしいの。異常者。それで満足?」
「満足しない。理由を聞いてるんだ、答えてくれ」
「逮捕するならしてよ、めんどくさーい。できないなら家に帰して」
「理由を話さないことには難しい」
「……仕方ないか。単純に、証拠が欲しくなったのよ。私さー、働けないんだ。どこ行っても履歴書でサヨナラされる。高卒だからって。今時学歴で見る? だからさ、騙せそうな人や押しに弱そうな人を選んで、つきまとうの。お金くれる人もいたよ。ちょろかった」
探偵事務所に来た時のおしとやかさはどこへやら、女狐というのはこういう人のことをいうのだろうか。
「今はお弁当屋さんでパートしてるの。そこに来たのが、田嶋さん。あ、旦那の方ね。一目見てカッコイイ! って思ったけど指輪してた。それが二年前の十月二十一日。……まだ話さないといけない?」
「指輪はどうしたんだ、働いてないなら買えないんじゃないのか?」
「だからね、言ったじゃん。お金くれる人いたの。さっさと消えてくれって言って。それで買ったわけ。指輪してるとみんな油断するからさー、好都合じゃん」
どうしようもない人なのは分かっている。でも、同情してしまう自分もいた。どうして、彼女はそんなにしがみつくのか。自分を、陰に追いやるものに。
せっかくなら、日向に立たせてくれるものにしがみついたほうがいい。
「……あ」
思い出した。白鳥さんからの手紙。
昨日――警察署へ行った日は疲れてメイクを落としてお風呂にも入らず寝てしまった。今日はわりと元気だ。
カバンの中にいれっぱなしにしていた封筒を取り出して、読んでみる。
その内容は、舜くんがなかなか返事がないことを心配していること、連絡も遅いし何かあったのかと気にしている、ということ。
――外鳩さんは、舜の大事な人です。もし何か困ってるなら私にできることはありますか?
わざわざこのために手紙を。しかも、私の家宛――ビルは一緒だけど事務所に送ってきたのは、“住所を聞いていないから”。
つまり、舜くんに内緒でこの手紙を送ってきたんだ。住所を聞けば何をするつもりだ、と言われて、手紙を出そうと思う、なんていえば、しなくていいといわれる……と考えたのだろう。
舜くんなら言いそうだ。自分で解決できることなら、そうしようとする。
「……日向に立つことを選べるのは、私なのよね」
いつまでも、好きな幼馴染が結婚することにショックを受けている場合じゃない。
誰かに背中を押されて、一歩踏み出すのもいい。
自分で決意して、一歩踏み出すのだっていい。
どちらも、本人にとって、私にとって――昨日よりは大きな一歩なんだ。
「よし、手紙書こう。便箋あったかな、前の使い残しがあったはず……」
メールではなく手紙というのも、白鳥さんの人柄が見えたような気がした。
【第三話 終わり】
最初のコメントを投稿しよう!