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第四話◇時計塔の記憶
第四話/一.
――二〇一九年十一月十五日(金)
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十一月となり、好きな季節の秋はあっという間に消えさった。もっと長居してくれてもいいんだけどなぁ。
「あ、舜くんからだ」
ポストに届いていた封筒の差出人名を見て微笑む。隣には白鳥さん――いや、もう名前は変わったんだ。雪美さんの名前があった。
「結婚式の写真を送るって言ってたから、そうなのかな」
部屋に入ると、カバンを適当に放り投げ、イスに沈むように座りながら手近にあったハサミでじょきじょきと切る。
いつもは手でビリッといくところなんだけど、写真かもしれないから慎重にね。
「あ、やっぱりそうみたい。いい写真……、これは集合写真か」
さすが、プロのカメラマンが撮ると違うなぁ。いつもと違って私がきれい……に見える。ひいき目にみれば。
私は、先月あった舜くんと雪美さんの結婚式を思い出した。
***
「はじめまして、外鳩さん」
「あ、は、はじめまして。白鳥さん」
披露宴の途中――というより終盤に近い時、新郎新婦の招待客で話す時間ができた。その際に、雪美さんの方から私に近づいてきてくれた。
「来てくれてよかったです」
「すみません、仕事が忙しくて、お返事出せなくて……」
実際、ぎりぎりまで返事を出さなかった私は迷惑以外の何ものでもないはず。それでも席を用意してくれていてありがたいことだ。だからご祝儀は多めにした。
「いいんですよ。舜が、忙しいんだろうからって。返事が来た時は安心していたみたいですし」
「雪美さん……舜くんのこと、こき使ってやってくださいね。言わないと分からないから、あの人」
「ふふ、はい」
「おーい、何俺の噂してんだよ」
「あ、舜くん。久しぶり」
私と雪美さんが話しているところに来たのが、長年の片想いの相手で失恋もした、鷺原舜くん。
スーツ姿がカッコイイ……気がする。もう人の男になったからなのか、幼馴染フィルターのような、憧れフィルターのようなものがあったけど、消えた。
「返事遅れてごめんね」
「本当だよ。雪美がすげー心配してた」
「謝ったわよ。で、舜くんのことをこき使ってあげてってアドバイスしたところ」
「言われなくてもそうされるつもりだ」
「それはよかった。雪美さん、困ったことあったら言ってね。相談に乗るから」
「はい、ありがとうございます」
終始ニコニコと穏やかに笑む雪美さんは、花……そうね、百合、というのかしら。柔らかそうに見えて存在感があって美しい姿。いいなぁ。
「奏も、結婚式には呼んでくれよ」
「あー、うん。雪美さんはご招待しますね」
「俺を、だよ!」
「じゃあ、舜の分もお料理食べちゃおうかな」
「雪美~~」
「あはは!」
雪美さんは思っていたよりノリがいいようだ。そう、言わなきゃ分からないっていうのは、私がずっと思っていたこと。好きだと言えていたら、私と雪美さんの立場は変わっていただろうか。
……いいや、きっと変わらない。これでいいんだ。
「そういえば、外鳩さんのお仕事ってどんな内容なんですか? 舜からは事務員だって聞いていますけど」
「ええーと……、探偵事務所で働いてます。経理担当」
本当は経理だけじゃないけど。
「そうなんですねぇ。大変そう」
「いろんなお客様がいらっしゃるから」
でも、嬉しかった。たいていは、探偵事務所で働いているというと、こちらを見る目が変わる。“自分のこと探ろうとしてる?”とでも言いたげに。依頼もないのにするわけないでしょーがっ。
その点、雪美さんは違った。探偵事務所で働いているといっても笑顔は変わらないし、舜くんの言う通り裏表がない人みたい。
「雪美さん。改めて、ご結婚おめでとうございます」
「……はい!」
そうやって、私は自分の思いにけじめをつけた。
***
「……結婚ねぇ」
そんな予定はないし、そもそも彼氏もいない。出会いもない。いや、後輩の亜澄くんはいるけど……それ以外には、うーん……所長はどっちかっていうと父親だからなぁ。
「ま、それはともかく。明日は土曜日だ、昼までねよーっと」
今は依頼もないし、土日は休みのはず。つまり、寝放題。いつも早起きしてるんだし、週末くらいはね。……遊びに誘ってくれる友人もいないし。
私は、封筒を机の上に置くと、早速お風呂に入ることにした。
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