第四話◇時計塔の記憶

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第四話/三.  昼間の駅前通り。休日だから人が多いにしても、休日の人混みというものではなく、どこか物々しい。何かあったのかな、と不思議に思いながら、人波の隙間を縫うように歩く。 「わ、っと、すみません」 「こちらこそ」  肩がぶつかり、とっさに謝る。見れば、爽やかそうな短い黒髪の美青年がいた。見惚れそうになる前に、彼は軽くお辞儀をしてさっさと行ってしまう。 「久しぶりに見た……きゃ!」 「前見て歩けよ!」 「すみませんっ」  今度はガタイのよさそうな男性にぶつかり、あわてて頭を下げる。うっ、タバコくさ。歩きたばこをするなら距離を取ってほしい……。 「えー、気を取り直して、っと」  私は邪魔にならないように端の方に移動した。 「コンビニの、いち、に、さん……お、あっ……た……」  もう到着するぞー、というところで、私は足を止めた。それは、警察の規制線がはられていたから。えっ、本当に? なんで?  人が多いのもようやく理由が分かった。 「来たな、奏」 「うおわぁああぁっ、びっくりしたっ」  急に横から聞こえてきた低い声に驚いてそちらを見ると、所長がいつものスーツ姿で立っていた。どうしよう、私、こうなるとは思っていなかったからカジュアルな服なんだけど。しかもパンプス。 「ひどいもんだろ」 「え、ええと……」  そういわれて、ようやく店舗の方へ視線を動かす。よく見れば、まぁ派手にウィンドウが壊され、道にはガラスの破片が散らばっている。そして、見える範囲で店内は……あちこちに物が散乱しているようで、ショーウィンドウも壊されている。 「泥棒が入ったようでな」 「え……泥棒、ですか」 「長草の店は、そんなに強いセキュリティ対策はしていなくてな。監視カメラで入口が見れるだけだ。そんなに高いものを扱ってるわけじゃないから、ということだそうだが」  このご時世、もしお財布事情が許すならセキュリティに気を配った方がいいに違いない。 「長草さんって、あの長草さんですか?」 「そうだ、長草輝明。奏も名前は知っているその人だ」 「はぁ……。かわいそうですね、こんな有様になっちゃって」 「どこの誰か知らんが、犯人を突き止めてやる」 「ええっ」  警察みたいなことをするつもり⁉  突き止めるだけで捕まえないというのなら、私たちにもできるかもしれない、けど。下手したら水秦署長に大橋所長が怒られてしまうのでは……。  そう心配する私の耳に、明るい声が聞こえてくる。 「あ、所長! 奏センパイ!」 「亜澄くんの声だ」  後ろを振りむくと、見慣れない眼鏡の男性と並んでこちらに向かってくる亜澄くんがいた。 「ひとまず、警察の方に話を終えたところを来てもらいました」 「大橋さん。わざわざ来てもらってすみません」  長草さんは下がり眉で優しそうな顔をしている。ぺこりと頭を下げる彼の肩を、所長はポンポンと軽く叩いた。 「気にするな。警察が捜査するのとは別に、うちでも協力させてもらえないか」 「捜査に?」 「ああ。どうせ、警察の方が早いとは分かっているが。長草の店をこんな風にするなんて許せん。もし俺たちの方が早く犯人にたどり着いたら警察に突き出してやればいい」  おお、所長が珍しく怒りに燃えている。よかった、逮捕をするわけではなく、誰かを明らかにするというのが目標みたい。  所長は基本的にのらりくらりして飄々としているから、感情を持つこともあるんだなぁと改めて感じさせられる。 「悪いですよ、そんな。依頼料だって……」 「いらん、そんなもの」 「ちょっ、所長!」  いるよ! めっっっちゃいるよ! お金がないと生活できないんですが! 私と亜澄くんは! 「二人の給料はちゃんと出しているだろう。デカい依頼を二件ほどこなせばいい」 「デカい依頼ってそうそう来ませんからね。分かってます?」 「浮気調査なら毎月三件はあるだろ」 「それじゃ足りませんよ、経費だってあるのに」  そう言い返すと、面倒くさいな、と顔をした所長がさっさと野次馬たちの方へ紛れ込むように歩いていってしまった。 「あっ、コラ!」  ひらひら、と手をふる。さよなら、じゃないよ、もう。なに勝手に終了させてるの……。 「まぁまぁ、センパイ」 「何よっ」 「とりあえず、長草さんに自己紹介しときません?」  ね、と亜澄くんに言われて、改めて目が合う。……そうね。依頼を引き受けるかどうか、いや、依頼として取り組むかどうかの前に、今日で知り合いになったわけだし。 「亜澄くんはすんでるの?」 「ハイ!」 「じゃあ私だけなのね。えっと、長草さん」 「はいっ」  びくっ、としたように怯えられてしまった。……どうして。私は怖くないよ。  ということで、なるべく明るくふるまうことにした。 「はじめまして、大橋探偵事務所の外鳩奏といいます。一応、亜澄くんの先輩です」 「ど、どうも、長草輝明です……」 「所長から話は聞いています。以前の騒動も」 「はい。あの時は、もう……やってなくても自白してしまおうかと思ったくらいで……大橋さんには助けられました」  当の本人は、野次馬の群れから少し離れた場所で、空を見上げている。せめて店舗の中を見るくらいしてほしい。……と思ったけど、もしかしてもうすでに見たのかな。 「長草さんが朝来た時はこの状態だったんですか?」 「はい。こんなことなら、カメラだけじゃなくて遠隔監視も頼んでおくんだった……」 「防犯カメラをつけたのはいつからですか?」 「最近です。半年くらい前かな」 「あれ、本当に最近なんですね」  お店そのものは、それよりもずっと前からあるはずだ。 「いや、最近噂になってて」 「噂、ですか」 「時計店だけを狙って泥棒が入るっていう噂です」  そんな噂を知っていたのなら、さっきの遠隔操作というものも本当につけるべきだったと他人の私ですら思う。実際は、やっぱり費用面で難しいのだろう。 「時計店だけを狙って?」 「はい。とられるものはないものの、壊された窓ガラスとかは直さないといけないから困ってるって他の人が」 「なるほど。そのこと、警察には?」 「もちろん話しました、さっき」 「じゃあ私達にも教えてください。そのお店の名前と、店主さんのこと。住所もよければ」 「はい。ちょっと待ってください、携帯に全部入っているので」  そう言うと長草さんは携帯を取り出して、操作すると私に手渡してくれた。 「どうぞ。このリストの中の……、この方たちです」 「ありがとうございます」  画面は電話帳になっていて、グループが“時計店”となっている。知り合いをこうやってまとめているのだろう。そして、さらに赤いチェックがついている。それが盗みに入られたお店らしい。 「名刺をもらったら入力するようにしているんです」 「なるほど。お借りしますね、えーと…」  手書きで書き移すと大量なため時間がかかる。手っ取り早くするには……写真がいいかもしれない。共有という方法もあるけどいちいち設定するのが面倒だし。 「亜澄くん、写真とって」 「了解っす」  撮影係は亜澄くんに任せて、私は引き続き話を聞くことにした。 「ちなみに、お店って何時から何時までですか?」 「朝の十時から夜八時まで。祝祭日は休業日です」 「ということは、平日と、土曜日?」 「そうなりますね。土曜日は午前中の営業だけです」 「今日は土曜日だから……午後はしない予定だった?」 「はい」  ふむ、と考え込む。どうせ盗みに入るなら日曜日にすればいいのに。休みだし、日曜日の夜にすれば月曜日も同じだったはず。どうして金曜日の夜に泥棒に入ったのか。偶然か、それとも意図して……? 「盗まれたものはありました?」 「それはまだ確認中なんです。なにしろ、全部ショーウィンドウのガラスが壊されているもので、中に入れなくて」 「ああ……大変ですね」 「幸い、お客さんから預かっている時計とかはないし、よかったけど」 「……いつもはあるんですか?」 「ちょうど金曜日にお返ししたんです。壊れた時計を直して」 「そのお客さんのこと、教えてください」  私が食いつくように言うと、長草さんは困ったように眉尻を下げた。 「初めてのお客さんだし、修理の申込用紙を見ないと分かりません」 「……その申込用紙は?」 「店内に。なので、まだ……」  見れない、というわけだ。 「……分かったら教えてください。手掛かりになるかも」 「分かりました」  長草さんは静かにうなずいた。こうしてみると、結構カッコイイ……っていやいや、所長と年が近い男性な上に依頼者になるのだから、こういう気持ちは封印しなくては!  どうにも、周囲が結婚の話をしていると気も急いてしまう。落ち着こう。 「今の話、警察にもしましたよね?」 「もちろん。あ、でも」 「……でも?」 「……あまり大声で言えないんですが」  す、と長草さんが私の耳元に口を寄せた。彼の声がワントーン低くなる。 「あんなことがあったので、正直な話、警察より大橋さんの方を信頼しているんです。だから、何か分かったことがあったら、警察より先にあなた方にお知らせしますよ」  騒音にまぎれるように話されたその言葉に、私はコクリと頷いた。所長は長草さんにこれほどまでに信頼されている。 ――その信頼を裏切ってはいけない。  私も、所長みたいに熱意をもって取り組むことにしよう。 「センパイ、終わりましたよ」 「ありがとう。現場の写真は?」 「さっき撮りました。所長いわく、水秦署長から写真をもらうとのことなのでざっくりですけど」 「写真もらえるの?」 「冤罪にしかけた過去がありますし、あっちにとっては弱み。……って、所長が」  脅していないことを祈るしかない。……だよね⁉ 「あの、長草さん。監視カメラの映像って見せてもらえたりします?」 「はい。警察の方にお渡ししてしまったので、返してもらえたら、になりますけど」 「大丈夫っすよ、所長からゆす――」 「亜澄くん」  ゆすってもらう、なんて言わせない。 「……お願いしてもらうので」 「そうですか? 分かりました」  映像が残っているということは、こんなひどい有様でも壊されたのは“店内”だけ。バックヤードには入っていないわけね。……普通、金庫とかってそっちにあるはずだけど。 「長草さん、このお店の見取り図を見せてもらえますか?」 「え? ええ……構いませんが、なぜ」 「犯人が…いや、犯人たち、かもしれませんが。お金目当てなら、商品だけでなく金庫とかも狙うはずです。金庫は無事でした?」 「……確かに、倉庫も兼ねているバックヤードには何も被害はなかったですよ。金庫もそこにありますが、開けられていないし」 「中を確認しました?」 「はい。中にあるのは書類やいざという時の現金が少し。両替用の現金もありましたが、それらは手付かずでした。だから商品で盗られたものがないか確認をしないと、という段階で」 「……ありがとうございます。見取り図はいいです、今のお話で分かりました」 「そうですか? 必要であれば、また」 「はい」  やはり金庫は無事だった。ということは、目当ては店の中にあった、ということになる。でも確認はこれからで時間がかかる。  なら、確認が終わるまで、他にできることをやろう。 「長草さん、私の名刺をお渡ししておきます。何かあればいつでも」 「オレも!」 「はい、どうも」 「亜澄くん、帰るわよ。ついでに周囲のチェックもしていこう」 「了解っす!」 「では、長草さん。また盗みが来ないとも限りませんし、お気をつけて」 「はい、ありがとう」  頭を下げる長草さんに、私たちもお辞儀を返すと連れ立って歩き出す。 「コンビニの監視カメラは期待できないかもね。歩道のこっち側ならいいけど、車道側に寄っていたら映っていないと思うし」 「監視カメラが入口しか見ていないのを知っている人ってことっすよね」 「ということは、客としてきたはずよね。所長に頼んで、写真だけじゃなく監視カメラの映像も流してもらえるとして……、他の被害者の話を聞きに行きましょう」 「でも、何も盗まれてないんすよね?」 「そう言ってたわね」 「なんで泥棒に入ったのに盗まなかったのかなぁ」 「……それは、犯人に聞きましょ」  亜澄くんのふとした疑問に、私は答えられない。推測でも。
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