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第四話/五.
――二〇一九年十一月十七日(日)
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今日は組み合わせがちょっと違う。隣に立つのは所長だ。
「奏、準備はいいか」
「はい、所長」
私たちがいるのは、梟羽さんが営むお店の前だ。時計はもちろん、骨董品も置いてある。所長は長草さんの助言を聞いたうえでついてきた。いわく、“経験豊富な私がいた方がいい”とのことで。……確かにね、亜澄くんの先輩とはいえど、元刑事の所長に比べたら足元にも及ばない。
なお、当の亜澄くんはというと。今頃はアンティーク大市に出店していた人たちに梟羽さんのことを聞いて回っているはず。
「……にしても、大きいビルですね」
「うちに比べりゃな」
「設定はどうします?」
「私が取引を持ち掛ける骨董屋、奏はそこの店員。あくまでも探るだけだ、必要なら正体もばらす」
「了解です」
「伊達眼鏡は持ってきたな?」
「もちろん」
私は黒ぶちの眼鏡をカバンから取り出し、レンズに汚れがないのを確認してかける。
時計のスケッチというのも、画像として携帯に入れてある。長草さんは絵がうまくて――というのは今はいいか。見た目はすごく高級そうな洗練されたデザインと文字盤だったように見えた。もし梟羽さんがいたら、聞いてみるつもりだけど、いるかな?
所長がまず入口のドアを開け店内に入る。私もあとに続いて入り、ドアを閉めた。店内は無人だ。商品はきれいに並べられている。
「すみません、誰かいますか」
「おう、なんだ?」
所長が呼びかけるように声をかけると、ガタイのいい男性が出てきた。まるで昼に見かけたような……って、タバコの匂いがしたあの人だ! ちょっといかつくて、うん、見た目が怖くて……間違いない。私のことなんて覚えていないだろうけど。きっと、たぶん。
「私は大橋辰尚、こっちは外鳩奏。私たちは骨董屋をしていてね。買取をお願いしたいものがあるんだ」
「ボスは今、外にでてるんで」
「外出中ということか。どこに行けば会える?」
「しらねぇな。電話してみればいいんじゃね?」
「ここの電話番号しか教えられてないんだ。個人的な連絡先を教えてくれないか?」
「あー、そういうことか。待ってろ。客には名刺を渡せって言われてるんだ」
見かけによらず、ガタイのいい人は結構“いい人”らしい。それはもちろん、人としてというか、店を任されるだけのことはあるというか。
「あった。これだよ」
ほら、と名刺を所長と私に渡してくる。
「梟羽栄次、間違いなさそうだな。ありがとう。君の名前は?」
「俺は鮫島秋生っす。デンバンもいるか?」
デンバン……? 電話番号かな?
「ああ、連絡先も。礼を言いたいからな」
「はは、そんなのいいのに。でもまぁ、いいっすよ。社用携帯っすけど」
「頼む」
二人の会話を聞きながら、私は疑われないようにこっそり見渡す。今いるのは一階のお店部分。ビルまるごとが梟羽さんので、四階以上は賃貸に出されている。二階はギャラリー兼喫茶店、三階は梟羽さんのオフィス…つまり事務仕事をするフロアとなっている。
このお店部分には、特に不審な点はなさそう。他のお客さんがいないのは、鮫島さんのいうボスがいないからなのか、日曜の真昼間にこういう所に来る人があまりいないからなのか。
……いや、この話の流れってこっちも名刺を渡さないといけないんじゃ…⁉ そんな用意してないけど!
「じゃあ私も名刺を」
所長! 所長! そんなの無理です!
私が横に首をふるのを所長は一応見てから、ポケットをパンパンとしはじめた。何も入っていないのを確認するように。
「っと、あー。すまないな、ちょうど名刺をきらしてるようだ。奏も持ってないだろ?」
「え! あ、はい、すみません、ケースをお店に忘れてきたみたいで…すみませぇん…」
できない部下を演じるのには慣れてる。
一応探す素振りはしながら、愛想笑いでごまかす。
「大丈夫っす、ボスにはお伝えしますんで」
「ありがとう。奏、帰ろうか」
「は、はいっ!」
「そうだ、帰る前に質問していいかな」
「なんすか?」
「金曜日はお店やってた?」
「ここっすか?」
なぜそんなことを聞くのか、と思ったのか、鮫島さんはきょとんとしたけど、すぐ元の表情に戻る。
「休みっすよ。上の喫茶店はやってたけど」
「金曜日が定休日なのか」
「うっす。喫茶店は定休日が火曜日。あ、店長は違うんすけど」
「どうして金曜日が定休日なのかは知ってるのか?」
「たぶんすけど、ボスはよく金曜日に予定が入るんすよ。会食とか。定休日にすれば都合いいんで」
なるほど、誰かが店に来ても梟羽さんがいなくて帰る、というなら確かにそうした方が手間は省けるだろう。
「よく分かった、ありがとう」
「うっす」
「君は、休みは何してるのかな?」
「寝てるかどっかドライブいってますね。最近カスタムにハマってて――あ、違法じゃないっすよ!」
「分かってるよ。じゃあ、今度こそ。いろいろありがとう」
「またのお越しをー」
明るく見送られ、店の外に出る。
「……奏、どうだった?」
「お店の中は普通でしたし、鮫島さんは嘘は言ってなかったように思います。終始、受け答えはしっかりしてましたし」
「だよな。とりあえず梟羽に電話してみる。奏は亜澄に進捗を確かめろ」
「はい」
お店の前で立ったまま話すのは変なので、とりあえず移動して歩道の端で立ち止まると携帯電話を取り出した。
『はい、もしもし!』
「あ、亜澄くん。私よ」
『センパイお疲れさまっす! どうしたんすか?』
「こっちは梟羽さんがいなくて電話するところなんだけど、そっちはどう? 何かいい情報ある?」
『そうっすね……、梟羽さんというのは、どうやらめっっちゃ悪い人みたいっす』
「めっっちゃ…ねぇ。どんなふうに?」
『明らかに高値がつくものをデマを流して安く買い取ったそうっすよ』
「出どころは? それがガセネタだったら困るのよ」
『本当っすよ、本人が話すのを聞いたって人がいました』
「どんなデマ?」
『えーと…とある家に代々伝わる家宝の時計を、ただの安物だといって噂を流したらしいっす。安いのに高く買わせようとしている、手段を選ばない卑怯な連中だ…って。それを高値で売ろうとしてたのに、結局、梟羽さんが安く買い取った。デマを信じた業者は買い取ってくれなくて、でも時間はないしで梟羽さんに売るしかなかった』
「すべて計算したうえで、のことなのね。それを聞いた人というのは?」
『……それが、あの長草さんなんすよ』
「え? どうして」
『長草さんが、梟羽さんから買わされたらしいんす。その時計を』
なんだか次第に線になってきた気がする。梟羽さんが安く買ったその時計は、誰のものだったの?
「……盗まれたのは、その家宝だっていう時計なのね」
『おっ、すごい! なんでわかるんすか?』
「その話を長草さんがしたということは、狙われる心当たりがあるからでしょう」
『そうなんすよ。時計を買わされた時に高すぎると言ったら、家宝なんだから当たり前だって言われたそうで。それでさっきの話をべらべらと』
「もしかして、長草さんは梟羽さんに借金でもしてた?」
『似たようなもんすね。アンティーク大市に出店するためには結構な参加料が必要なんですが、少し足りなくて。仕方なく購入したそうです』
ははぁ、料金が払えないなら商品を買えってことか。どうやってお金儲けをしているのか分からなかったけどこれはひどい。……ん? 不思議なことがひとつ。昨日の電話では亜澄くんが話してくれた内容のことは、一切言わなかった。スケッチの画像をくれたときも。
「……ちょっと待って。確かに長草さんはアンティーク大市で、盗まれた時計を購入したとは言ってたけど、デマの話は何も言ってなかったじゃない。なんで急に」
『長草さんは迷ってたみたいっすよ。もし言って梟羽さんにバレたら、時計じゃなくて自分が狙われるって』
「その考えを改めた理由は?」
『約束したんす。絶対言わないって』
「……嘘でしょ?」
他の人はともかく、亜澄くんはこれでも口が堅いから信用できる方ではあるけれど、そんな子供騙しみたいな約束で本当に…?
『ほんとっすよ! けど、それだけじゃないっす。他に侵入の被害にあった時計店の店主さんたちが心配して連絡をくれたそうで』
――もし梟羽さんが奪うようにして買った時計が原因なら隠れてる場合じゃない。
『仲間も同じように結構な出店料金を取られてるみたいっすね。それで仕返ししてやろうと』
ささやかな、でも結構大胆な“仕返し”だ。
「それなら、誰から聞いたかなんて気にしないわね。誰が話してもおかしくない」
『それくらい、業界での評判は最悪ってことっす』
「ありがとう、所長に報告する。じゃあ続きは事務所で」
『了解っす!』
電話を切り、カバンにしまいながら所長の方を見ると、何やら難しい顔をしていた。
「どうしたんです?」
「梟羽が電話に出ない」
「ああ……、仕方ないですね」
「知らない番号だから無視してるんだろ。そっちはどうだった」
「亜澄くんがいい知らせ…いや悪い知らせ? とにかく、盗まれた時計について新情報を得ました」
「事務所に戻りながら聞こう」
「はい!」
次にするべきことは、“誰の”時計なのかを調べるということ。
長草さんが持つ前に、梟羽さんが持つ前に、誰が持っていたものなのか。
お金で買えないものはないとはよく言ったもので、例えば新幹線の料金や遊園地の入園料、一見サービスの対価のように思えるけど、その料金には時間であったり思い出であったり、抽象的なものも含まれる。愛情だって、定義次第では買えることになる。だからこそ、ケチってはいけない。
人の財産を横取りして自分の資産を増やすなんて、まるで海賊だわ。いいえ、正真正銘の悪党。悪党がいるということは被害者がいるはず。声をあげられない彼、あるいは彼らのためにも、調べなきゃ。
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