第四話◇時計塔の記憶

7/9

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
第四話/七. 「いただきます」 「先輩、ちゃんとシートベルトしてます?」 「してるわよ、安心して」  亜澄くんのからかいに軽く答えると、サンドイッチをほおばる。……買ってから結構時間経っちゃったな。これならクロワツサンとかパンにしておけばよかったかも。 「ん、っと。それで、所長。梟羽さんのこと、もっと調べなくてよかったんですか?」 「今はインターネットっていう、便利なものがあるからな」 「店番をしてた、鮫島さんに話を聞いた方がいいのでは?」  そこでまた、口の中にサンドイッチを口に入れた。食べながら話すのって結構難しいわね、亜澄くんもだけど同時にできる人はすごいわ。自然と無口になっちゃう。 「あいつは部下だ、上司の不利になることはしゃべらないだろ。警察ならまだしも、私たちはあくまでも探偵だ。今更、探偵なことを伏せるにしても…」  そのまま延々としゃべると思ったら、ふいに黙る。そして、運転する亜澄くんを見た。 「お前は鮫島に会ってないから、その気になればごまかせるな」 「ええっ、オレですか? 話せるかなぁ」 「意外とウマがあうんじゃないか、男同士」 そうね。どっちも主には忠実だものね。鮫島さんの場合は梟羽さんに、亜澄くんの場合は所長に。 「まあ、これから行く時計塔にいる人と話をしてから考えませんか」  私がそういうと、二人はそうだなといってうなずいてくれた。 ◇  丘の上にある時計塔は、遠くからでもすぐわかった。ずっと前……いいや、昔からあるようなくすんだ茶色。煉瓦でできていると、すぐには気付けなかった。 「ここだな」  駐車場はガラガラだった――とはいえ、とめられるのは三台だけ。難なく真ん中にとめると、私たちは車から降りる。 「喫茶店もあるみたいっすよ!」 「寄り道はしません」 「ちぇー」  私がすかさずつっこむと、亜澄くんが車の鍵をかけながら口をとがらせた。 「奏、先に入って高河いぶきという人がいるか確かめてきてくれ」 「はい。ついでに近くに住んでるかどうかも聞いてみます」 「ああ。私と亜澄は、周辺を見て回ろう。防犯カメラがあるかもしれない」 「なるほど、もしあったら警察に“アドバイス”できますもんね」  見せてもらえるならそれにこしたことはないが、そんな親切な人ばかりとも限らない。 「聞いたら電話します」 「そうしてくれ。亜澄、行くぞ」 「はい」  私は喫茶店に目をやった。OPENになっている。さっき寄り道はしないといった手前、入るのは…と思ったところで、誰かが時計塔の一階部分にある扉から出てきたのが見えた。お客さんらしい、男女二人組が話しながらすれ違っていく。  ……ちらっときこえた会話によると、二人は恋人同士らしい。ペアリングならぬペアクロック…ペアクロック? まあ、二人お揃いの時計を買ったらしい。女性が嬉しそうに、胸元に下げたネックレスの先にある小さな時計をさわっていた。 「……時計塔の中にお土産屋さんもあるのかな?」  喫茶店に入るのはあとにしよう。そう思って、私は時計塔のほうへと向かう。 「ふむ。時計塔って、こうしてみると結構大きいのね」  よっ、と取っ手をひいて大きな扉をあける。なるほど、一階には手作りのショップ、いや屋台? のようなものがある。そこには人はいない。  きょろきょろと周囲を見渡すも、人影はない。やっぱり喫茶店に行くべきだったかな。 「ひとりごとも反響しちゃいそう」  そういったそばから、やはり反響しているように聞こえる。そこに、後ろから声をかけられた。 「いらっしゃいませ」 「え、あ、はい」  ビクッと内心驚きながら振り返ると、男の人が立っていた。短い黒髪で、美青年……。  ……美青年? 「どうしました?」 「あ……えっと、何でもないです。ここってお店もあるんですね~」  あはは~、という愛想笑いでごまかした。こんな美青年、芸能界ならいくらでもいるだろうけど、私が知っている中では亜澄くん以外にあの人しかいない。昨日、長草時計店の外で会った人。一人は鮫島さんだった、もう一人はこの人だったんだ。 「そうです。ここは父が管理していて。僕が後を継ぎました」 「なるほど~! 親子でって素敵ですね」 「はい」  私は気付いたけど、男性は私に会ったことがあると気付いていないようだ。まあ、あの肩をぶつけた一瞬だったものね。 「あ、よければご案内しましょうか」 「はい……あ、私ったら自己紹介してなかったですね。外鳩奏っていいます」 「高河律です。よろしく」  目を細めて笑う表情は、まるで少女漫画から出てきたヒーローのようで…、亜澄くんがここにいたら「センパイも乙女なんすね~!」って言って私にド突かれてたわね。 「たかがわりつさん、ですね。よろしくお願いします!」  “高河いぶき”と同じ苗字かしら。ということは、この人の言う“父”が私たちが探している人? 「外鳩さん、こちらへどうぞ」 「あ、はい」  早速上の階に連れて行ってくれるらしい。うなずいてあとをついていこうとしたときに、彼の左手に目が自然といく。……結婚指輪をしている。既婚者か。……そりゃそうよね、いい人はすでに誰かと一緒になってるものよ。舜くんだってそうなっちゃったし。 「ここから階段ですよ。気を付けて」 「はい!」  ほぼ脊髄反射でうなずくと、階段をのぼる。 「ここをのぼっていけば、時計があるところに着くんです。小さな扉があって、そこから外を見ることもできますよ」 「へえ~! 高河さんはよくこうやって案内するんですか?」 「はい。お土産も買っていってくださいね」 「ふふ、お上手。分かりました!」  さっきのカップルも、同じように案内したのだろう。高河さんは、先を行きながら、丁寧な口調で時計塔の説明をしてくれる。 「この時計塔って、できてからどのくらい立つんですか?」 「そうですね、僕で三代目なので…ざっと百年近く」 「百年⁉」 「はい。正確にいうと、九十…二、三年くらいかな。あ、ここですよ」  階段はまだ上に続ているものの、確かに踊り場のように広い場所がある。丸い円盤の向こうからは、うっすら太陽光も入っていて、ここが文字盤の裏側なのだとわかった。 「で、この横にさっき話した扉がありまして」  するっとロープを外して、どうぞ、と先へ行くような素振りをされ、素直に従う。 「その取っ手を押すと開きますよ」 「はい。んしょ、っと」  ぎっ、という音を立てながら扉が開く。  その光景は、地上からは見れないまさに“美しい”景色だった。海、街並み、丘、近くの駐車場、通りを走る車、歩いている誰か。まるで、風景画だ。私の目がカンバスになったかのような錯覚になる。  と、風が吹いたところで、今が秋だったと我に返る。 「いい景色ですね」 「そうでしょう。最後に見るにふさわしい景色だ」 「最後?」  はて、なんのこと?  聞こうと思って振り返ると、高河さんが両手でロープをピンとのばした。 「……あの、えっと」 「僕に殺されるか、自分から死ぬか。選んでください」  その端正な顔立ちでなんて選択肢を突きつけてくるのか。 ――なんていう現実逃避をしている場合じゃない! 「急になんなんですか、私は……」 「外鳩なんて名字、聞いたことないです。偽名でしょ?」 「なんのことか、さっぱり……」 「どうせ、あの鴟梟(しきょう)の一味なんでしょう。昨日すれ違ったこと、僕は覚えてます」 「しきょう? いや、しきょうって誰…」 「……僕に殺されたいんですね。分かりました」  一歩、私に近づく。思わず後ずさった。そこで、風が後ろから吹いてくる。 ――どうしよう。 これ以上、下がろうとしたら落ちてしまうかもしれない。かといって、何か武器でもあればともかく、今の私には鞄と携帯くらいしかない。声を出せば気付いてくれるかな? ……もしバッドエンドになっても、自殺を疑われないように、高河さんがいたという証拠を残さなきゃ。それには……、高河さんの服か皮膚をひっかかないといけない。 「こんなところまで追いかけてくる方が悪いんだ!」  相手は成人男性。どうにもできなくても、抵抗はしなきゃいけない。私は、手首に爪を立てることを決めて息をのんだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加