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第四話/七.
「いただきます」
「先輩、ちゃんとシートベルトしてます?」
「してるわよ、安心して」
亜澄くんのからかいに軽く答えると、サンドイッチをほおばる。……買ってから結構時間経っちゃったな。これならクロワツサンとかパンにしておけばよかったかも。
「ん、っと。それで、所長。梟羽さんのこと、もっと調べなくてよかったんですか?」
「今はインターネットっていう、便利なものがあるからな」
「店番をしてた、鮫島さんに話を聞いた方がいいのでは?」
そこでまた、口の中にサンドイッチを口に入れた。食べながら話すのって結構難しいわね、亜澄くんもだけど同時にできる人はすごいわ。自然と無口になっちゃう。
「あいつは部下だ、上司の不利になることはしゃべらないだろ。警察ならまだしも、私たちはあくまでも探偵だ。今更、探偵なことを伏せるにしても…」
そのまま延々としゃべると思ったら、ふいに黙る。そして、運転する亜澄くんを見た。
「お前は鮫島に会ってないから、その気になればごまかせるな」
「ええっ、オレですか? 話せるかなぁ」
「意外とウマがあうんじゃないか、男同士」
そうね。どっちも主には忠実だものね。鮫島さんの場合は梟羽さんに、亜澄くんの場合は所長に。
「まあ、これから行く時計塔にいる人と話をしてから考えませんか」
私がそういうと、二人はそうだなといってうなずいてくれた。
◇
丘の上にある時計塔は、遠くからでもすぐわかった。ずっと前……いいや、昔からあるようなくすんだ茶色。煉瓦でできていると、すぐには気付けなかった。
「ここだな」
駐車場はガラガラだった――とはいえ、とめられるのは三台だけ。難なく真ん中にとめると、私たちは車から降りる。
「喫茶店もあるみたいっすよ!」
「寄り道はしません」
「ちぇー」
私がすかさずつっこむと、亜澄くんが車の鍵をかけながら口をとがらせた。
「奏、先に入って高河いぶきという人がいるか確かめてきてくれ」
「はい。ついでに近くに住んでるかどうかも聞いてみます」
「ああ。私と亜澄は、周辺を見て回ろう。防犯カメラがあるかもしれない」
「なるほど、もしあったら警察に“アドバイス”できますもんね」
見せてもらえるならそれにこしたことはないが、そんな親切な人ばかりとも限らない。
「聞いたら電話します」
「そうしてくれ。亜澄、行くぞ」
「はい」
私は喫茶店に目をやった。OPENになっている。さっき寄り道はしないといった手前、入るのは…と思ったところで、誰かが時計塔の一階部分にある扉から出てきたのが見えた。お客さんらしい、男女二人組が話しながらすれ違っていく。
……ちらっときこえた会話によると、二人は恋人同士らしい。ペアリングならぬペアクロック…ペアクロック? まあ、二人お揃いの時計を買ったらしい。女性が嬉しそうに、胸元に下げたネックレスの先にある小さな時計をさわっていた。
「……時計塔の中にお土産屋さんもあるのかな?」
喫茶店に入るのはあとにしよう。そう思って、私は時計塔のほうへと向かう。
「ふむ。時計塔って、こうしてみると結構大きいのね」
よっ、と取っ手をひいて大きな扉をあける。なるほど、一階には手作りのショップ、いや屋台? のようなものがある。そこには人はいない。
きょろきょろと周囲を見渡すも、人影はない。やっぱり喫茶店に行くべきだったかな。
「ひとりごとも反響しちゃいそう」
そういったそばから、やはり反響しているように聞こえる。そこに、後ろから声をかけられた。
「いらっしゃいませ」
「え、あ、はい」
ビクッと内心驚きながら振り返ると、男の人が立っていた。短い黒髪で、美青年……。
……美青年?
「どうしました?」
「あ……えっと、何でもないです。ここってお店もあるんですね~」
あはは~、という愛想笑いでごまかした。こんな美青年、芸能界ならいくらでもいるだろうけど、私が知っている中では亜澄くん以外にあの人しかいない。昨日、長草時計店の外で会った人。一人は鮫島さんだった、もう一人はこの人だったんだ。
「そうです。ここは父が管理していて。僕が後を継ぎました」
「なるほど~! 親子でって素敵ですね」
「はい」
私は気付いたけど、男性は私に会ったことがあると気付いていないようだ。まあ、あの肩をぶつけた一瞬だったものね。
「あ、よければご案内しましょうか」
「はい……あ、私ったら自己紹介してなかったですね。外鳩奏っていいます」
「高河律です。よろしく」
目を細めて笑う表情は、まるで少女漫画から出てきたヒーローのようで…、亜澄くんがここにいたら「センパイも乙女なんすね~!」って言って私にド突かれてたわね。
「たかがわりつさん、ですね。よろしくお願いします!」
“高河いぶき”と同じ苗字かしら。ということは、この人の言う“父”が私たちが探している人?
「外鳩さん、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
早速上の階に連れて行ってくれるらしい。うなずいてあとをついていこうとしたときに、彼の左手に目が自然といく。……結婚指輪をしている。既婚者か。……そりゃそうよね、いい人はすでに誰かと一緒になってるものよ。舜くんだってそうなっちゃったし。
「ここから階段ですよ。気を付けて」
「はい!」
ほぼ脊髄反射でうなずくと、階段をのぼる。
「ここをのぼっていけば、時計があるところに着くんです。小さな扉があって、そこから外を見ることもできますよ」
「へえ~! 高河さんはよくこうやって案内するんですか?」
「はい。お土産も買っていってくださいね」
「ふふ、お上手。分かりました!」
さっきのカップルも、同じように案内したのだろう。高河さんは、先を行きながら、丁寧な口調で時計塔の説明をしてくれる。
「この時計塔って、できてからどのくらい立つんですか?」
「そうですね、僕で三代目なので…ざっと百年近く」
「百年⁉」
「はい。正確にいうと、九十…二、三年くらいかな。あ、ここですよ」
階段はまだ上に続ているものの、確かに踊り場のように広い場所がある。丸い円盤の向こうからは、うっすら太陽光も入っていて、ここが文字盤の裏側なのだとわかった。
「で、この横にさっき話した扉がありまして」
するっとロープを外して、どうぞ、と先へ行くような素振りをされ、素直に従う。
「その取っ手を押すと開きますよ」
「はい。んしょ、っと」
ぎっ、という音を立てながら扉が開く。
その光景は、地上からは見れないまさに“美しい”景色だった。海、街並み、丘、近くの駐車場、通りを走る車、歩いている誰か。まるで、風景画だ。私の目がカンバスになったかのような錯覚になる。
と、風が吹いたところで、今が秋だったと我に返る。
「いい景色ですね」
「そうでしょう。最後に見るにふさわしい景色だ」
「最後?」
はて、なんのこと?
聞こうと思って振り返ると、高河さんが両手でロープをピンとのばした。
「……あの、えっと」
「僕に殺されるか、自分から死ぬか。選んでください」
その端正な顔立ちでなんて選択肢を突きつけてくるのか。
――なんていう現実逃避をしている場合じゃない!
「急になんなんですか、私は……」
「外鳩なんて名字、聞いたことないです。偽名でしょ?」
「なんのことか、さっぱり……」
「どうせ、あの鴟梟の一味なんでしょう。昨日すれ違ったこと、僕は覚えてます」
「しきょう? いや、しきょうって誰…」
「……僕に殺されたいんですね。分かりました」
一歩、私に近づく。思わず後ずさった。そこで、風が後ろから吹いてくる。
――どうしよう。
これ以上、下がろうとしたら落ちてしまうかもしれない。かといって、何か武器でもあればともかく、今の私には鞄と携帯くらいしかない。声を出せば気付いてくれるかな?
……もしバッドエンドになっても、自殺を疑われないように、高河さんがいたという証拠を残さなきゃ。それには……、高河さんの服か皮膚をひっかかないといけない。
「こんなところまで追いかけてくる方が悪いんだ!」
相手は成人男性。どうにもできなくても、抵抗はしなきゃいけない。私は、手首に爪を立てることを決めて息をのんだ。
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