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第四話/八.
ブーッ、ブーッ。
間の悪い時に鳴る、私の携帯のバイブレーション。音が出る設定にしておけば、気をそらせたかもしれないけど、バイブはなぁ……。
でも、高河さんが動きを止めるのには十分だった。
「……携帯、鳴ってる?」
「は、はい。いやあ~、そういえば電話しろって言われてたんだったなぁ~」
「電話をそこから捨てろ」
「え? でも、私が電話に出ないと怪しまれちゃいますよ。一緒に来たのでまだ近くにいます」
「ちょうどいい。それなら、駆け付けたところで君が地面に横たわっている姿を見ることができますから」
美青年に夢を見てた数分前の私を叱りたい。
「あなたのことは話さない、それでどう?」
「……電話をかけてきてるのは誰ですか」
「えっと…、友達、みたいな」
「みたい?」
「友達です」
嘘は言ってないはず。正確に言うと上司と同僚だけど。
そこで、携帯のバイブレーションが途切れる。そして、また鳴り出す。
「私のことをすーーっごく心配してる友達だから、もしかしたら、通報しちゃうかも…!」
これでどうだ。
高河さんがロープを持つ手は相変わらず胸元にあるけど、先ほどよりも力は抜けているっぽい。
「じゃあ、電話に出るのは許します。僕のことを言おうとしたら突き落としますよ」
「わ、わかりました」
死にたくない。コクコクと力強くうなずく。
ようやくポケットから携帯を取り出すと、電話に出た。
「はい、もしもし」
『おう、奏。ずいぶん遅いな。話し込んでたか』
「そうです。あ、実はまだ分かってないんですよ」
『それなら問題ない』
「そうなんですか?」
『ああ。ちょうどクリーニング店の主人に話を聞いたところでな。高河いぶき氏は一年前に亡くなっているらしい』
高河さんのお父さんは、もう亡くなっていたんだ。聞くタイミングがなかったけど、話そうとしなかったのはそれが理由なのかな。
『で、息子の高河律がいるはずなんだが。そいつと話してたのか?』
「え、あ、はい……。そ、そうだ。亜澄くんはどうしてます?」
『どうって、奏を迎えに行かせたぞ』
「え?」
『喫茶店に入りたがってたしな。奏もそこだろ?』
「ええと…いえ、喫茶店ではないですね」
「そこまでだ」
「え、ちょっと!」
『奏? どうし――』
高河さんが私の電話を取り上げて、外に放り投げてしまう。私は、携帯が落ちていくのを眺めるしかできなかった。
カシャンという無機質な音が小さく響く。
……嘘でしょ。携帯、買い替えようとしたら何万もするっていうのに……!
「時計塔にいると遠回しに言ったでしょう」
「わか、わかった、正直に言うわ。私は外鳩奏、大橋探偵事務所の職員です! あなたの味方なんです‼」
「味方? それなら最初からそう名乗ればよかったのでは?」
「えーと、そうしたかったんですけど、いろいろと事情があって…」
こっちにもこっちの計画ってもんがあるからね。こうなるとは思わなかったけど!
「もう限界だ、さっさと死んでもらう」
「いや、だからそれは――」
そこに階下から響く、聞きなれた声。
「センパーーーーイ!」
「亜澄く…、亜澄くーーん!! 上よ!!」
「今行きます‼」
「こんのっ…」
「うわ、ま、まって!」
すかさず左手を制止のために前に突き出す。
「亜澄くんは体力だけが取り柄、すぐにここに来るわ。もし私を殺すところを見られたら目撃者になるわよ、あなたは間違いなく有罪になる」
「だからなんだ!」
「殺人罪まで追加したいのかって聞いてるのよ!」
「なっ……、何の話だ」
「長草時計店から時計を盗んだでしょう。高河いぶきさんが持っていたという時計です。私はその人を探してきたの」
「父は去年亡くなりました。話はできませんよ。それに、時計の話ってどういう…」
「センパイ‼」
「亜澄くん!」
「お前、センパイに何してんだよ!」
「ちょっ、落ち着いて! まだ何もされてないから!」
「何かされるところだったんすか⁈」
「違うわよ! そうよね⁈」
「は、はい…。…わかりました、やめます。ちっ……」
高河さんがロープを地面に投げ捨てる。ようやく二対一になって、私は息をついた。
「まずはこれを閉めた方がいいわね」
そうだ、なんで思いつかなかったんだろう。この扉を閉めれば、私が落ちるということはなかった。……けど、殺されてたかもしれないのね。亜澄くんが来てくれてよかった。
「……よかったのだけど」
ちら、と亜澄くんと高河さんを見る。亜澄くんはすっかり、よその犬に対して喧嘩を売るような物腰になってしまっていた。
「センパイはこう見えて女性なんすよ、もし怪我でもさせたら」
「こう見えてって何よ! どっからどうみてもか弱い乙女でしょ!」
「オレ助けたんすよ⁉」
「来るのが遅いのよ!」
「もうやめてください!」
安心したからか、いつもの事務所でやるように騒いでいると、高河さんの大きな声が響いた。思わず、私も亜澄くんも口を閉じる。
「外鳩さんが探偵事務所の人なら、あなたもそうでしょう。探偵事務所の人がなんで時計のことを調べてるんですか。おかしいでしょ、警察でもないのに」
「…私たちの上司、大橋探偵事務所の所長は、冤罪になりかけた長草さんを助けました。あなたが、時計を盗むために入った時計店の店主です。他の時計店にも入ってますよね? お父様の時計を探して…おそらく、取り戻すために」
「オレたちは、探偵事務所の人間だ。捕まえたいわけじゃないし、自首すれば、多少は……考慮されるかも」
「私たちに話してみませんか。そうすれば、もし奥さんがそのことを知らなくてもきっと……」
うつむいていた高河さんが、ようやく私と亜澄くんを見る。
「妻は知らない。彼女は、いないんです」
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