第四話◇時計塔の記憶

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第四話/九.  時計塔を出た私たちを待ち構えていたのは、高河さんが投げ捨てた私の携帯を手にした所長だった。  怒りながらも冷静な所長をなんとか喫茶店に連れて入った私たち四人は、高河さんが運んできてくれた飲み物をかたわらに、話をすることになった。 「奏のスマホは弁償させるとして」 「……はい」 「君の口から真実を教えてくれないか」 「……わかりました。まず、妻のことから。――名前は、高河玲。旧姓は柊です。柊玲。優しくて、美しくて、お人好しで……、二年前に、乳がんで亡くなりました。まだ、二十四歳だった」  私は、自分を殺そうとしたはずの高河さんのことを、憐れんでしまった。二年前に奥さん、さっき父親のいぶきさんは一年前に亡くなったというから……立て続けに家族を亡くしたということになる。 「僕の家には、昔から伝わる時計がありました。……長草時計店の店主に、鴟梟…、梟羽が買い取らせた。僕はそれを探していた。玲と、父のために」 「手当たり次第に時計店を襲うのは感心しないな」 「どこにあるか分からなかったんです。でも、ようやく見つけた」 「あの、すみません」  亜澄くんがこそっと小声で所長に尋ねる。 「……鴟梟、ってなんすか?」 「フクロウのことだ。梟羽は苗字にフクロウの字があるだろう。しかも、凶悪な者っていう意味でもぴったりだな」 「なるほど」  納得したようにうなずくのを見た私は、話を戻すことにした。 「…でも、梟羽さんのお店は荒らしてないですよね」 「買い取らせたことは知っていたから。あそこにないのは確かだったんです」 「だがな、君。なぜ時計を取り戻すために、襲っていったんだ? 長草の店までも。いずれは捕まるって分かっていたはずだ」 「悔しかったんですよ」 「悔しい?」  所長の言葉に、高河さんはしっかりとうなずいて、なぜか視線を鋭くした。  その理由は、すぐにわかった。 「僕は家族を失って、この店だって開店休業状態、生きていく気力をなくしていた。なのに、鴟梟はどんどん店を大きくして有名になって財産も増えて……どうして、どうしてあいつは何の罪にも問われずのうのうと生きてられるんですか! おかしいでしょう! 誰かは捕まって、誰かは捕まらなくて、そんな不条理を見過ごしてのんびり生活するなんて僕にはできなかったんです!」  ダン、という机にたたきつけられた彼の拳と本音は、私たちの表情を暗くさせた。同じ立場だったら、どうなっていただろうか。同じように、思っただろうか。 「この時計は、父が持っていた。それを、玲が大事に修理していた。いうなれば、僕たち三人の時計で宝物なんです。それを奪うように安値で買い取っていった。玲の治療費が必要だったから」 「でも値切ったって聞きましたよ」 「そうです。そのことを玲は悔やんでいました。自分のせいで時計を手放してしまったこと。父も僕も気にするなと言ったけど…、死ぬときでさえ、悔やんでいた」  高河さんが“優しい人”だと言った理由も、分かったように思えた。 「そんな玲も、父も、死んだっていうのに、あいつは死なない。僕は時計を探すためにいろんなお店を荒らしました、認めます。自首します。裁かれます。でもあいつは? 梟羽はどうなる? 詐欺をしているのに証拠がないとかいってまだ野放し。だから……、本当は、梟羽を殺すつもりだった。あなた達が来てなかったらやってたよ。全部あいつに罪をきせてね」  私は、思わず口を開いた。言葉が口をついて出るというのは、こういうことなのだと、無意識に感じていた。 「……そうできたとして、この喫茶店や時計塔で生活できていましたか?」 「え?」 「家族と暮らした、家族皆さんの思いが残る場所で、盗みや殺人をした立場で生活できていましたか? お客さんをもてなしていた?」  私の質問に、高河さんはなぜそんなことを聞くのかという戸惑った表情になった。 「……隠し通します。死ぬまで」 小さな声で答える彼に、所長はふるふると軽く首を横にふった。 「隠せる人もいるとは思うが、君は無理だな。思っているより、声にも、顔にも、感情が出るからね」 「…それに、柊さんが好きになった高河律さんは、そういう人…じゃないですよね。きっと」 すると、高河さんはふいにうつむいた。 「……すみません。お客さん以外の人とこんなに話したの、親戚でもない人に全てを話したのは……初めてで……」 「…一応、時計は返してもらおうか。長草のだから」 「……はい」  でも、と亜澄くんが手をあげる。 「所長、どうにかならないんすか? そりゃ、センパイに対してしたことはオレだって許せないっすけど」 「話は最後まで聞け。時計を長草に返してもらうが、相談もしよう。あいつは話せばわかってくれる。そういう男だ」 「よかった!」  ニコッと亜澄くんが笑う。それから、高河さんに対しても。 「だが、君を警察に連れて行くのも癪だな」 「え?」 「土産を持っていくことにしよう」 「土産、ですか」 「彼が言った不条理とやらを少しでも正す努力をしようということだ。梟羽は証拠を残さないらしいが、絶対ないわけがない。高河くん、君は早く自首しなさい。その方がいい。梟羽のことは、私たちに任せて」 「……いいんですか」 「弱者を助け、悪しきをくじく。それが私の信条だからな」  ふふ、とかっこよく言うけど、所長。私たちは初耳ですよ。
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