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エピローグ◇鳥たちの羽休め
――二〇一九年十二月三十一日(火)
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「ふ~、寒い!」
私はそんなことを言いながら、ドアをあけて職場に――大橋探偵事務所に入る。今日は大晦日、仕事をしに来たわけではなくて、亜澄くんと所長、三人で年越しをするために来たのだ。
「センパイ、遅かったっすね」
「年越しそばの材料を買ってきたの。あれ、所長は?」
「もうすぐで来ると思いますよ。寝てたらしいんで」
「もう八時半よ⁉」
当然、夜の。
「長草さんの件で、昨日まで会議の連続だったからお疲れみたいっす」
「ああ……。梟羽さんは詐欺で逮捕できたから、丸くおさまったと思ってたけど」
「詐欺と窃盗に不法侵入、器物損壊。なんせ、襲った時計店が多いだけに……、説得に手こずってたそうっすよ。お、えび天! かき揚げは?」
「あるわよ、安心して。……私、拘置所や刑務所の仕組みとかよく知らないけど、部屋が隣同士になるとかあるのかしら」
「そうならないように配慮されるといいっすね。所長のことだから、いろんなことを想定して指示出してそうっすけど」
「違うわよ、所長はアドバイスをするの。指示を出すのは別の人。さ、年越しそばを作ろうかな!」
そう、先月あった長草さんのお店から時計が盗まれた事件。高河さんが自首をしたことで、窃盗については解決した。でも、梟羽さんのことは許せない。私も、亜澄くんも、所長も。
「センパイ、センパイ」
「何?」
「かまぼこ、そんなに力いれなくても切れると思うんすけど」
「……知ってるわよ」
「まず板から外すのは」
「知ってるわよ。もう、テレビ見てなさい!」
そう、料理をしてるんだった。力任せにするのはよくないわね。
包丁の背を、かまぼこと板の間にいれるといいって聞いたけど、本当だ。すんなり取れた。
ああ、そう。それで、証拠がないと捕まえられないっていうのよね。だから、半月かけて、私たちは警察と協力して梟羽さんを徹底的にマークした。結論から言うと、高河さんや他の人にしていたようなことはかわいいもんだった。振り込め詐欺のグループを作ろうとしていたらしくて、ド素人達を試運転に使ったのよね。その現場を押さえたのが亜澄くんだった。
――『センパイ! オレ、今日はタイミングよかったっしょ!』
キラキラした目でニコニコしてたのが、なんだかかわいく思えたのは内緒。
まあ、いくら時間とお金をケチろうとしたからって、素直な素人をそろえたのが運のツキだったわね。聞いたら何でも答えちゃうんだもの……。
「よう、奏、亜澄。いい匂いがするな」
「あ、所長! お疲れさまです」
「おつかれっす~」
「年末にこうして集まるのもいいもんだな。若い二人に予定がないのは悲しいが」
「オレは、ナンパに失敗しただけっすよ!」
「私は二人の年越しそばを作るという重要な任務がありますから。デスクの上、片付けてくださいよ」
年の瀬、事務所は閉じてるけど電話が来るかもしれないからといって、所長が電話線を引っこ抜いたことに、初めて驚いて笑ったのが三年前。あっという間の三年だったなぁ。
「そのうち、いい人に巡り会えるさ。会おうと努力していればな」
「励みになります」
「オレもー!」
「亜澄くんは黙ってればかっこいいのに、しゃべるとこうなんだもの」
「え、オレかっこいいっすか? ホント?」
「あの高河さんと並べるくらい美青年よ。はい、おそば」
「どもっす! センパイに褒められて嬉しいな~」
「別に、ちゃんと褒める時は褒めるわよ」
「奏、七味もくれ」
「はーい、どうぞ」
所長と亜澄くんは七味をかけるけど、私はこのまま食べる方が好き。
「チャンネルを決める権限は私にあるからな、変えるぞ」
「あ、ずりぃ!」
「静かに食べて!」
にぎやかな年末。私たち“鳥”だって、羽を休める必要があるのだ。新年になったら、また依頼主のために、依頼主の願いを叶えるためにがんばろう。
――「鳩鷹コンビのオシゴト日誌」終わり
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