第一話◇脅迫状は招待状

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第一話/三.  およそ一時間ほどの話し合いを終え、津島さんと三佐東さんは帰っていった。  私たちは、それぞれのデスクに戻り、さっそくどうやって調べるかを相談する。 「お預かりした脅迫状……の指紋で調べれば一発で分かりそうなものですけどね」 「警察には頼れないぞ。子どものおもちゃみたいな実験セットでやるか?」 「せっかくの資料ですからそれはダメです」  台無しにするわけにはいかない。この四通目しかないのだから。 「消印もないので郵便局から特定することもできませんし」  はぁ、とため息をつく。直接ポストに入れていってることになる。監視カメラを確認するという方法もあるが……。 「はい、はい……そうですか、分かりました。失礼します」  がちゃん、電話の受話器を置いた亜澄くんが私と所長を見る。 「……ダメでした」 「やっぱり?」 「はい」  苦笑いでうなずく。 「監視カメラの映像は二週間で消えるそうなんです。だから、ちょうど昨日で消えたって……」 「仕組みはよく知らないけれど、運営会社の本社やセキュリティ会社とかに映像が転送されてたりしないの?」 「管理人さんはよく知らないそうです。まあ、もしそうだとしても、見せてもらえるかどうか……ですね」 「……これもダメか」  見れれば、即分かりそうなものなのに。仕方ない。 「はー。津島さんたちも、心当たりはないって言ってたしなぁ」  亜澄くんがぼやく。頭をかきながら眺めているのは、今回の結婚式の招待客リストだ。  彼らの友人、知人の中にいるのではないかと思っているけれど、本当にそうなのだろうか。 「……ふと思ったんですけど」 「ん? 何、亜澄くん」 「結婚式をやめたかどうか、どうやって知るんですかね?」 「……そうね。もし出席者なら、中止の連絡がいくはずだからそれで知ることができるわ」  となると、やはり招待された人々の中に脅迫状を送り付けた犯人がいるということになるのだろうか。 「じゃあ、この招待客リストを一人一人調べていくのが、現時点での有効な調査方法……ですかね」 「どうかしらね。全員で三十人だっけ?」  パラ、と紙をめくる。一枚につき十人の名前と住所が印刷されている。……あ、もちろん守秘義務があるので、いくらこの日誌を見ているあなたにも教えることはできないけど。  資料は、脅迫状、招待客リスト、それぞれの顔が分かる集合写真……か。 「ご両親を除いたら二十……七人。手分けすればやれそうかしら」 「二十六人ですよ、センパイ。計算もできないんすか?」 「……別に、一人くらいの違いでしょ」 「センパイ」 「……はいはい、二十六人、私の計算ミスです! これで満足?」 「そこまで言ってないっすよ~」  亜澄くんのからかうような売り言葉に、私も乗っかってしまう。  すぐに所長が仲裁をするように間に割って入る。 「まぁまぁ。手分けしてやるっていっても、何かあったらいけないから。二人は一緒に行動すること」 「……さっきのは、私たちと所長で、って意味だったんですけど」  調査する気なさそうですね。という、私の視線を受けてか、あからさまに咳ばらいをした。ゴホンゴホン、分かりやすーい。 「えー、私は親御さんをあたってみよう。二人は、頭から順番にそれとなーく話を聞き出してこい」 「またそんな無茶を……」  大橋探偵事務所の者です、と名乗っていくわけにはいかない。自分から依頼者以外に名乗るのはあってはいけないことだし、事情を知らない場合は、そういう“事件”が起きているのかと思われてしまう。あくまでも、依頼者と犯人の当事者でおさめたいところ。 「二十六人分、偶然を装えっていうんですか?」 「奏センパイ、潜入捜査はいつもしてるじゃないっすか!」 「二十六ヶ所に忍び込むなんて無理。やっぱり全員じゃなくてある程度絞った方がよくない?」 「奏はそうやって省略するところがあるよな」  効率いいやり方の方がいいに決まってるのに、まるで短所みたいに言うんだもの。  所長ってそういう人だったわね。 「絞るにしても、どうやって? 心当たりでもあるのか?」 「ないですね」  考えるそぶりも見せることなく、即答する。出まかせをいうのも好きではないから。 「なら仕方ないだろう。二十六人、がんばれ」 「……奏センパイ、あきらめてやりましょ。途中で何かわかるかもですよ!」  ねっ、と笑う亜澄くんは、本当にいい後輩だ。目の前の、意地の悪い所長とは違ってね。 「……、まずは作戦を考えないとね。どうやって話しかけるか……」  改めて、リストを見る。……ん? よく見れば、東京以外の住所もあるわね。  消印のない封筒からして、東京以外……例えばこの愛知県の人。わざわざ来るかしら。  神奈川県や埼玉県はまだ分かるけど……。 「……亜澄くん」 「はい」 「人数を絞る方法、思いついたかも」 「えっ! 本当ですか」 「ええ。……所長も、知恵をお借りしたいんですが」 「ああ、なんだ」 「よく見れば、住所が東京以外の方もいるんです。そういう方は、省いてもいいのではないか、と」  そう言うと、亜澄くんと所長はリストの紙を見始める。 「ほんとだ、センパイの言う通り、愛知とか大阪とか、距離があるところにいる方も含まれているみたいですね」 「そうだな、そういう人は後回しでいいだろう。それから、関東圏とはいっても、例えばナンバー八のこの人。埼玉県は埼玉県でも北部に住んでいる」 「……えっ、所長、地図が頭に入ってるんですか?」 「関東圏しか覚えてないがな。電車だと一時間はかかる。わざわざ脅迫状を運んでくると思うか?」  そう言われてみれば、おかしいかもしれない。徒歩十分程度なら、脅迫状の投函目的で来るかもしれないけど、一時間……往復二時間かけてわざわざ津島さんたちの家まで来るかな? 「……ということは、東京都に住んでいる方に尋ねればいいんですね」  所長のほうを見ながら尋ねるように言うと、うむ、とうなずいた。 「いきなり広い範囲でしらみつぶしにやっても、見つかるとは限らないからな。警察はこの逆の手法をするんだろうが」 「広い方から狭い方に、ってことですか?」 「ああ。ま、今回は住所があらかじめ分かっているからこの方法でもいいはずだ。だが、さっきも言った通り、私はそれぞれの親御さんにそれとなく話を聞いてくる。奏、亜澄はさっき決めたやり方で話を聞く人を決めたら私に報告の上、業務にあたってくれ」 「はい」 「了解っす!」  私と亜澄くんはほぼ同時にうなずく。 「じゃ、出かけてくる」 「えっ、もうですか」 「水秦にちょーっと相談したいこともあるからな」  監視カメラの件ならいいけど、違うかもしれない。期待はしないでおこう。 「じゃあよろしくー」  携帯をポケットに入れると、そのままさっさと事務所から出て行ってしまった。階段を降りるカツカツという足音が遠のく。 「さて。亜澄くん、まず東京都が住所になっている人をピックアップしましょう」 「はい」 「ナンバー五、六、十二……、十五。あとは?」 「十九、二十、二十二、二十三……、っすかね」 「ええ。あ、二十七、二十八、三十、もだわ」  私たちでナンバーを報告しあい、丸をつけていく。 「これで、一、二、三……、十一人か」 「半分くらいに減りましたね」 「ま、十一人ならなんとかなりそうね。三日くらいで全員に行けるかしら」  一日四人ペース。……難しいかもしれない。移動時間もあるし。 「やっぱり早くても四日かかるでしょうね。調査期間は五日ということにしましょうか」 「了解っす。所長にメールしますね」 「ええ。あ、分かってると思うけど、個人名は出さないように。リストのナンバーで報告して」 「はい!」  どこから情報がもれるか分からないのだから、それくらい気を付けるのは当然のはずだ。  亜澄くんに任せている間に、私は地図帳で確認していく。  ……地図アプリだってもちろん持ってるけど、なんだか罪悪感あるでしょ。人様の住所をのぞき見するのだから。まぁ、所長や亜澄くんはそうするんだけどね。 「回る順番は……リスト順でよさそうね。ある程度かたまってるようだし」  リストと地図を見比べながら、大体の場所を確かめていく。 「話を聞きに行く人を絞ったら次にやるのは……、セッティングね」  私と亜澄くん、二人で話を聞くにはどうしたらいいか。今までで一番やりやすかった、もとい、一番多かった方法は、“わざと落とし物をして拾ってくれたらそれをきっかけに話をする”というものだ。善人が多くて助かる。私も拾うようにはしてるけど。  その方法でやるにしても、いつもの私たちではいけないので、例えば姉弟や、アルバイト先が同じ同僚とか、とにかく探偵事務所とは無縁な設定をする。 「……職場までは分からないし調べるつもりもないから、落とし物作戦でいいかしら」  それ以外の方法を考えるのも面倒になってきたし。 「……奏センパイ、所長にメール送りました」 「ありがとう。……設定なんだけど、今回も姉弟にしようかと思うの。どう?」 「やりやすくていいと思います!」 「“奏センパイ”じゃなくて、お姉ちゃんって呼ばないとだめよ。もしくは姉さん。前、一回調査対象者の前で“センパイ”って言っちゃったでしょ」 「うっ、気を付けます……」 「そうして」 「姉弟ってことは、落とし物をしてーっていう作戦ですか?」 「そのつもりよ。まあ、住所近くにいってスーパーとかあれば、の話だけど」  生活圏内なら間違いなくいるはずだ。……ネット通販で済ませていない限りは。  コンビニでもなんでもよくて、自宅近辺だとさすがに怪しいからちょっと遠いところでやるというやつだ。 「回る順番はリスト順通り。今日は……、一人だけ行きましょうか。ここに近い人、いるから」  リストナンバー五の人だ。彼か彼女かは分からないが、浅草に住んでいるようだし。 「はいっす」  どうせ、所長も夜になるまで帰ってこないだろう。他の仕事も落ち着いているし、まずは一人、話を聞いて今後の調査方法も改めて考えることにしてみよう。
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