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第一話/六.
――二〇一九年四月一〇日(水)
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「いらっしゃいませ」
いた。写真の人。
あの翌々日。私と亜澄くんは、結婚間近の恋人同士になりきる作戦。
「ここに来るのは初めてなんですけど」
「ええ、大丈夫ですよ、プライマリーロマンスはいつでも歓迎しております」
上品な言葉遣いと笑顔の彼女は、伊豆中苑さん。そう、あの結婚相談所のチラシに乗っていた女性。私がぐちゃぐちゃにしてしまったあのチラシね。
「つい昨日、この人と婚約したの」
「そ、そうなんですよぉー」
棒読みの相槌はやめろってあれほど言ったのに!
「おめでとうございます! ささ、こちらへどうぞ。緊張しなくて大丈夫ですから」
彼女が示すのは、近くにあるカウンター。私と亜澄くんは並んで座り、伊豆中さんも何やら本のようなものを抱えて対面するように座る。
よかった、亜澄くんの棒読みは緊張していると考えたみたい。
「ウェディングプランナーとして、お二人の結婚式をプロデュースさせていただくのが楽しみです」
「よろしくお願いします」
「まずはこちらをどうぞ。ああ、こちらに、お名前とご住所を記入してください」
「はい」
亜澄くんの方に用紙が差し出される。あらかじめ打ち合わせしておいた通り、名前も住所も本当のことを書く。
「では次に、奥様となるあなたも」
「……私もですか?」
「はい」
笑顔でうなずくと書かざるをえない。それに、二人が書くということは、伊豆中さんは三佐東さんの住所を知っていることになる。
申込者一人だけでいいような気もするけど……。とりあえず、亜澄くんと同じ住所を書く。これも、打ち合わせ通り。住所の記入を求められたら、先に書いた方に合わせる、というもの。
「できました」
「ありがとうございます。内鷹、亜澄様と……外鳩、奏様ですね。すでに同棲していらっしゃるんですね」
「はい、私が彼の家に転がり込んで!」
「まだ、同棲をはじめて三ヶ月くらいですけど」
「いつからお付き合いを?」
「二年ほど前です。ね、亜澄」
「そう、僕が奏……にひとめぼれをして」
今、センパイって言いそうになった。なんとか回避できたけども。
「いいですねえ」
「伊豆中さん? は、もう結婚してらっしゃるんですか?」
ネームプレートを見て名前を確認しながら言う。最初から知ってて言い切ったら怪しまれちゃうからね。
「いえいえ、私はまだです。でも、諦めては……いないんですよ」
「じゃあ好きな人が?」
「ええ、まぁ。私の話よりも、お二人のお話を聞かせてください」
「えー、伊豆中さんの恋愛話も聞いてみたいです。時間はあるので」
にっこり笑っていうと、伊豆中さんは諦めたように苦笑いして、仕方なさそうに口を開いた。
「大したことではないんですよ、本当に」
「恋愛に大小はないと思いますよ」
「……そうでしょうか。あー、と、私には高校生のとき好きな人がいたんです。でも、その人が結婚すると知って……、だから早く誰かいい人を見つけないとっていう、それだけの話です」
「分かりますよ。私も、亜澄くんがいなかったら、今も同じでしたし」
ていうか本当は現在進行形なんだけど。
「ふふ、お幸せに」
「ありがとうございます」
必要な情報は得られた。そのあとは、申し込みということでかれこれ二時間ほど話して、私と亜澄くんはプライマリーロマンスをあとにした。
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